×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -





小学校で強制参加させられたミニバスからようやく逃れられた後の中学では無難で楽な文化部に入り、結局3年間本気で体を動かすことはないまま卒業、さらに最近までたっぷりとあった春休みでだらけまくりこれ以上ないほど鈍った体は走り出してから30秒と経たずに息を上げていた。体が思うように動かず、足は重くて呼吸も苦しい。


「キミぃ! 真面目にやっているのかネ!」

『ほ、本気のっ、大真面目……です!』


体育実技。名前からだいたい想像はしていたが、やはりあたしはみんなの前で恥をかくはめになっていた。しかも全力で走っているつもりなのだが、遅すぎて走り出した瞬間に蝦蟇に追い付かれかけているために先生にふざけていると勘違いまでされている。悲しき運動苦手な生徒あるあるだ。
ちなみに二人一組でペアになったのは例の気まずい杜山さんで、おっとりしていそうに見えた彼女だが案外足は早くてあたしを気にかけつつもスタートからずっと先を走っていた。しかし始まる前にかなりどもって赤面しながらよろしくと言われたので恐らく先ほどは本気であたしの存在を忘れていたらしい。
ところで超関係ないのだが彼女、普段和服であまり目立っていないが脱いだらなかなかの巨乳と見た。厚い生地越しに慎ましやかに揺れる胸がまぶしいぜチクショー。悲しかな、あたしはさすがにあそこまでない。無念。


「毬花、運動音痴は相変わらずね……」

「なんだアレ! 競歩か!? おそっ!」

「毬花ちゃん運動苦手なんやねー。かいらしなぁ」


上からのんきに見物しているみんなの顔は涼しげで、出雲ちゃん、燐、志摩くんの順にあたしへのコメントが漏れ出す。若干1名ド失礼な人物がいるが気にしない……というよりぶっちゃけそれどころじゃない。
迫りくる蝦蟇の恐怖から必死に走るが、足がもつれて今にも食べられてしまいそうだった。ひどく息を乱して醜態を晒しながら、それでも後ろから噛みつかれたくない一心でなんとか走り続けている状況だ。


「もういい! 次の2人!」

『はっ、はぁ……た、助かった……』


もうダメだと思った瞬間、呆れた先生が鎖を引いて早くも終わりを告げた。努力もむなしく、あたしが遅すぎて話にならなかったらしい。
ヘロヘロと数歩歩いてから蝦蟇の追ってこなくなった競技場にしゃがみ、膝を抱えたままぽてっと横に倒れ込む。するとそれを見た杜山さんがぎょっとしてこちらに駆け寄り、戸惑いがちに声をかけてきた。


「ああああの、だ、大丈夫……?」

『あ、うん……それよりごめんね、杜山さん』

「え? う、あ、いいっいいの! ぜ、全然大丈夫……だから!」


顔を真っ赤にして半ば叫ぶように言うが声は非力なもので、あたしもかなり人見知りな方だが彼女はもしかしたらそれ以上なのかもしれないと思った。
それから杜山さんに心配されながらみんなのところへ戻ると、その頃にはもう燐と勝呂くんペアが入れ違いに下へ降りていた。よりによってあの2人かぁと気にしつつも、疲れには勝てず朴に膝枕をしてもらう。志摩くんがなんだか羨ましそうな視線を投げかけてきたがそんなの知らない、朴の膝は今あたしのものだ。
深く息をついてそっと目を閉じると優しい手つきで頭を撫でられた。
あぁ、癒されるわぁ……。


「実戦やったら勝ったもんがちやあああ!!!」

「でぇー」

「わああ!!」


居眠りモードに入りかけた時、物騒な雄叫びと人が転ぶ鈍い音、先生の怒声に鎖が引かれる音が立て続けに騒がしく聞こえてきて意識が浮上した。隣で出雲ちゃんが「バカみたい」と冷たく言い放ったので何があったのかと片目を開けて競技場を見下ろすと、つい先ほどまで真面目に走っていたはずの燐と勝呂くんが殴る蹴るの喧嘩に発展していた。
志摩くんと子猫さんが慌てて下に降りて勝呂くんを羽交い締めにし、先生が燐の首根っこを掴んで引き剥がしてようやくおさまったのだが双方の表情は芳しくない。
それから何故か勝呂くんだけ先生に連行されて端の方でお説教を受けていたかと思えば、残された燐たちは何かを話し込んでいるようで、場面は違えどみんなともにその顔つきはあまり明るいとは言えなかった。何故か唯一志摩くんが笑顔を見せている程度には平和な空気だったけれど。
しばらくしてそこに先生と勝呂くんが戻っていったのだが、先生に急用ができたらしく休憩にすると言い出したので、実習が再開されることなくみんなはそのまま競技場から引き上げてきた。しかし先生は簡単に蝦蟇についての諸注意と競技場には降りないよう釘を刺してから、子猫ちゃんだか何だか叫びながらさっさとどこかへ行ってしまう。
もちろん腹の虫がおさまらない勝呂くんは大層お怒りな様子で、先生とついでに燐に対していちゃもんをつけ始めていた。
確かに椿先生はなんだかうさんくさいというかなんというか……。愛妻家っぽいし、いい人なんだろうけどね。ちょっとてきとうなところがあるよね。燐も、まぁ今までの態度からしてお世辞にもあまりやる気があるとは言えないけど、一応本気で祓魔師目指してるとは思うんだ。


「そんならお前が意識高いて証明してみせろや!!」

「は!?」


そうすれば燐の意識が高いことを認めると言って、勝呂くんは蝦蟇に近づいて襲われずに帰ってくるという内容の勝負を提案してきた。
蝦蟇は目に映った人間の目を見て感情を読みとってくる面倒な悪魔だ。恐怖や悲しみ、怒りや疑心に敏感で、とにかく動揺して目を逸らしたりしたら最後、襲いかかってくる。とは言え蝦蟇は基本的におとなしく、逆を言えば平常心でいれば襲ってくることはない。つまり今後祓魔師としてやっていくのならこんな下級悪魔に臆していられないだろうというわけだ。


「どうや、やるかやらんか決めろ!」

「……へっ。面白ェーじゃねーか!」


思わせ振りにニヤリと笑った燐だったが、次の瞬間には「まぁやんねーけど」とあっさりと断って勝呂くんを余計に怒らせていた。
燐には燐なりの考えがあって断ったのだろうし、勝呂くんもまたしかりでけしかけてきたのだとも思う。
しかしお互いにそんな心中を察することが出来るはずもなく、激情した勝呂くんはひとりで競技場に降りていってしまった。
一歩一歩と踏み出していけばそこはもう蝦蟇の鎖が届く範囲に入る。
ちょっとちょっと、こりゃのんきに寝てる場合じゃないぞ。


「……俺は。俺は! サタンを倒す」

「プッ、プハハハハハハ! ちょ……サタン倒すとか! あはは! 子供じゃあるまいし」


勝呂くんの意気込みに対して出雲ちゃんの堪えきれなかった笑い声が競技場に響き、一拍おいて蝦蟇が目付きを変えて狂暴な鳴き声をあげながら襲いかかってきた。その場の全員がもう遅いと思った中で、燐がひとり競技場に飛び出していき勝呂くんの代わりにその胴体を蝦蟇に噛みつかれる。
出雲ちゃんの笑い声は悲鳴に変わり、朴は見ていられないと目を覆ったがあたしは蝦蟇に噛みつかれたままの燐から目が離せなかった。
どうなることかと思えば、燐に鋭く睨まれた蝦蟇は怯えたように脂汗を浮かべ始め、それからゆっくりとその体を放した。燐は一連の行動をたしなめるように何かを呟いてから蝦蟇に背を向けると少し怒ったように勝呂くんを見下ろす。


「いいか? よーく聞け! サタンを倒すのはこの俺だ!!!! てめーはすっこんでろ!」


いたって真面目な顔つきで言い切った燐に、あたしも含め全員が一瞬言葉を失ってしまう。
混乱からうまく返事が出来ない勝呂くんにとりあえずバカはてめーだと言い返されてからまたしょうもない口喧嘩を始めた燐は、もしかしたらとんでもない存在なのではないかとおぼろ気に思った。
そんな最中ふと視線を感じて反対側の遠くの通路の方に目を向けると、やたら見覚えのある背格好の人物が隠れてこちらを監視しているように見えた。もしかして、と思ったけれど、みんなは気づいていないようだし2人共無事だったので黙っておくことにした。





結局類は友を呼ぶ。



(……昨日言いそびれたけど、ありがとぉな)
(キ……キモチワルッ)
(……んなッ……んやとぉお!?)


prev / next

back