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「はい、できたよ」

『ん。ありがと』


さらりと一束掬ってみてから、ドライヤーのスイッチを切った。
毬花は乾いた髪をすくように手櫛を入れて、満足そうに僕の方を振り返る。まだいつもより少しだけ広がってしまっている髪が肩からはらりと落ちて、うまい具合に首もとを隠した。
そのせいか、やっぱり訊かないでおこう。なんとなくそう思わせた。
さっきまでのあぐらをかいていた格好から抱えた膝に顎をのせて居住まいを変えていた毬花は、すぐにパッとこちらを向いてこめかみを膝につけた。


『なんか今ね、ふと初めて会った時のこと思い出した』

「……僕も、思い出してたよ」


いきなりの話題の転換よりも、その内容に驚いた。確かについさっき、自分の脳裏にもフラッシュバックしていたのだ。
自らが通う中学のものではない女子用制服を着た少女が、膝丈に調節されたスカートと共に黒髪をなびかせて走る姿が、切らした息を苦しそうに吐き出していた唇が、全てが鮮明に甦る。あの時の、まだまだ未熟だった自分も、なにもかも。


『早いよね。もう1年経っちゃった』


ひとつひとつ記憶をなぞるように伏せられた目に、長い睫毛が影を作る。下がり気味な瞼と瞳の揺らぎが微睡みに浮かされているみたいで、つい話を区切ってしまった。


「……毬花、眠いの?」

『んー、そうかも』


ふにゃりと笑って肯定すると、自覚した眠気を隠す必要もなくなったからか、おもむろな動きで目許を擦る。
なーんか雪男といると眠くなっちゃう。とちゃかして言う表情は緩やかなもので、ずいぶん気を許されているんだと思うのと同時に、あまり異性として意識されていないのかと少し複雑な気持ちにもなった。
力なく崩れるようにごろんと横になって、まだ真新しいシーツに体を沈ませる毬花。横たわったまま軽く膝を抱えてうずくまる黒い塊のようなその姿と真っ白いシーツとのコントラストが、何故かひどく曖昧なものに見えた。黒いスウェットに包んだ身は白地に映えているはずなのに、その身が無垢な白に溶け入ってしまいそうな錯覚に陥らせる。それは、あの黒い布を取っ払ってしまえば、なおさら…………あぁ。


「もう、おやすみ」


僕は何を考えているんだ。
無意味に伸ばしかけた手をそのまま引っ込めるのも不自然で、なるべく違和感のないようにそっと頭を撫でる。心地良さそうに目を細めた毬花を見て、また勝手に安堵している自分にうんざりしてしまった。
やっぱり今日の僕はどこかおかしい。もう部屋に戻ろう。
無意識に眉間にしわを寄せていると、再びベッドについていた僕の手に、毬花の指先がちょんと重ねられた。上げた視線がぼんやりしたものとかち合う。


『ねぇ、雪男。明日の朝、起こしに来てくれる?』

「うん。いいよ」

『ありがと』


そう言ってゆっくりと目を閉じた毬花に、足許に丁寧に畳んで置いてあった毛布をかけてからベッドを離れる。
始業は明後日からだ。何も普段通りに起きる必要はないといってもいいわけだが、毬花が望むのならいつもより少し遅い時間に朝を告げてあげよう。
それくらいは、通常の思考を持っている自分でもしてあげただろうから。


「電気消すよ」


スイッチに手をそえて、一応声をかけた。独り言を呟いたようなそれに返事はなくて、パチッと小さな音をたてて部屋は暗くなった。
自分たちの部屋に戻ると、真っ先に兄さんが退屈そうにベッドで寝転がる姿が目についた。枕許にはSQも転がっている。


「なんだよ雪男。ずいぶん遅かったじゃねぇか」

「うん、ちょっとね」


おそらく待っている間に読み終えたらしいSQを取り上げて机の上に置き、なんだか訝しむような視線を感じながら椅子に腰かける。
振り向くとやはり、俯せた状態で頬杖をついて何かを訊く気まんまんな体勢の兄さんと目が合った。ちなみにこうなった兄さんは自分の気が済むまで絶対に引かない。
僕がため息を吐くより早く、兄さんが口を開いた。


「なぁなぁ雪男、お前毬花とどんな関係なんだ?」

「どんな関係って……」

「あ、もしかして付き合ってんのか!?」


兄ちゃんより先にそんな、絶対許さないぞ! と1人で話を進めて悔しがっている兄さんのお気楽っぷりに頭が痛くなる。だがそれ以上に、今日の自分でも異常だと思うような行動や心情に僕がかなり悩んだというのも知らず、あまりにも軽々しくそんなことを言った兄さんにカチンときていた。


「別に付き合っててもいなくても兄さんには関係ないでしょ」


素っ気なく言い返してから、少し大人げなかったかと悔いる。
それでも兄さんはまったく気にしていない様子で、むしろ余計に火がついたのか興味津々といった顔で見つめてきていた。
しまった。言葉を間違えたな……。


「なんだよ、ますます怪しいな。すげぇ仲良さそうだったじゃねぇか」

「普通の友人だよ」


てきとうにあしらうつもりで答えたはずの言葉に、ふと自ら疑問を抱いた。
普通の友人? 普通とはなんなんだろう。彼女との関係は、確かに普通の友人同士だ。でも、普通の友人同士とは少し違うといえば、それもそうなのかもしれなかった。友人同士らしく一緒にどこかへ出かけたり遊んだ記憶はないけれど、それなりの時間は過ごしたしやましいことはなしに夜を共にしたこともある。
普通以下なのに普通以上。実際のところは、そんな、はっきりしない関係なんだった。


「いつ知り合ったんだ? まさか最近じゃねぇだろ?」

「なんでそんなに気になるの」

「いや、お前に友達なんかいたのかと思って」

「あのね……」


僕の中の疑問も片付かないうちから兄さんは尽きぬ質問を根掘り葉掘りぶつけてくる。許容オーバーで頭がパンクしそうだよ。
それにしても、僕には友人の1人もいないと思われていたなんて心外だ。……まぁ、あながち外れてもいないとは、口が裂けても言えないのだけれど。





普通の友人(仮)



(教えろよ雪男ー)
(あぁもう、しつこいな)
(教えたら静かにするぜ)
(……わかったから静かにして)


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