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バタンと勢いよく閉めたドア。最初に帰ってきた時とは別の安堵を感じて、僅かに胸を撫で下ろす。
どっと襲いかかってくる疲労感にしゃがみ込んでしまいそうになるが、後は床だけだと、すっかり力の抜けた体に鞭を打って洗面所へ向かった。
雪男から渡された雑巾。やっぱり水は馴染まない。
ことごとく弾かれてしまうが、それでも根気よく握っていたらだんだんと重くなってきた。
せっかく染み込んでくれたが、きつめに絞って、おそらく先ほど奴が惨殺されたであろう部屋へと向き直った。





「監獄かここは!!」


すっかり綺麗になってだいぶ生活感の生まれた部屋を眺めて達成感に浸っていると、隣の部屋から大きな声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声。雪男が騒ぐとは思えないし、おそらく燐のものだろう。
これまでにないほど片付けに集中していて、帰ってきていたことに気づかなかった。
……そう言えば、燐はあたしが隣人だと知っているのだろうか。一応挨拶に行った方がいいかな。あーでもちょっと今さらな気もするしなぁ。


『うーん……ま、いっか。明日にしよ』


着替えるのもめんどくさい。結局のところ、それだった。
なんだったら入浴を終えて着替えた後にでも行けばいい。
1人で自己完結してしまうと、さてじゃあお風呂に入ろうと思い立ったので寝間着とバスタオルを用意することにした。
シャンプーやらスポンジやら洗顔フォームやら、大浴場に置いてないことを想定してお風呂セット一式を抱える。
雪男にこの格好でうろついちゃダメって言われたから、見つからないうちにささっと行ってしまおう。どうせここには他の寮生はいないんだから。
その浅はかな考えから2度も痛い目に遭っているというのに、またしてもそう思ってしまっていた。忘れていたんだ。2度あることは3度ある、ってね。


「マジか!?」

『おー、騒いでる騒いでる』


相変わらず大きな燐の声が時々隣から聞こえてきて、クスッと笑ってしまう。
あの2人は楽しくやっているようだし、部屋からは出てこないだろう。
そう思ってドアノブに伸ばした手が、見事に空振った。


『え?』

「よぉ毬花ー!」

「兄さん!」


おかしい。あたしはちゃんとノブに手をかけてドアを開けようとしたはずなのに。
ドアは他の誰かによって先に開けられたようで、何故か目の前には燐がいて、その後ろには焦った様子の雪男がいて……


「ぅおぁぁあ!! わわわっ悪い!!」

『いいいえっ、こちらこそ!!』


お互いに変な声が出てしまい、燐によって大きな音をたててドアが閉められる。
しばらく続いた沈黙を不審に思って、そっとドアの隙間から顔だけ出して辺りをうかがうと、廊下の隅で燐が雪男に怒られていた。
女性の部屋にむやみに入るなとか、せめてノックくらいするのがマナーだとか、雪男らしいお説教の数々が耳に届く。


『あのー……』

「あぁ毬花。兄さんにはよく言って聞かせるから」

『いや、もう大丈……』

「でも毬花も。ここには僕らしかいないってことを自覚しておいた方がいい」


くいっと眼鏡を押し上げて、至って真面目に説き伏せる雪男に、返す言葉も見当たらない。
俯きながら、はぁい、と小さく返事をすると雪男に肩を掴まれて無理矢理ぐるっと方向転換させられた。


「わかったらほら、早く着替えて」

『え、いや、だって今お風呂に行こうと思って……』


お風呂セットを片手で抱えて、もう片手の手で雪男の意外と逞しい腕にしがみつくようにして押し返す。すると頭上から、そうか、と小さな呟き。


「風呂か。大浴場なんだけど、場所わかる?」

『わかんない』

「即答!? 場所もわからずに行こうとしてたわけ」

『なはは……』


呆れ顔の雪男に、苦笑いしかかえせない。
だって仕方ないよね。てきとうに探せば見つかると思ったんだもん。
反省してるの? と人差し指で頬を突かれる。してるよーと答えたけれど、ぶっちゃけ学校から帰ったら真っ先にブレザーとスカートを脱ぐのが習慣化してるから、結局着替えでもしない限りあんな格好になっちゃうんだよなぁ。


「なぁなぁ雪男、俺たちも風呂行こうぜ!」

「まったく、兄さんも反省してないし……」





眼鏡少年の絶えぬ気苦労。



(そう言えばここって女湯あるの?)
(……とりあえず行ってみようか)


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