嘘つきの末路
ーーそれから何があったのか。
事の経緯を、名前は後から人伝に知らされた。

名前が決死の覚悟で飛びかかったゾンビは、なんと、元の人の姿に戻ったのだと言う。
薬の効果が一時的に切れたのではないか?という意見もあったが、その後ゾンビ化が再発することもなく、至って平和な状態らしい。

これもまた、天女の異能の範疇に起きた出来事であることは、もはや疑いようがなかった。
名前の力は、何かを戻す力だ。
ゾンビを元に戻したとしても、何ら不思議では無い……。

「ーーということらしいですよ、雪丸」

名前は、慣れ親しんだ保健室の布団に横たわりながら、雪丸に経緯を語って聞かせた。
ゾンビを元に戻した名前は、力を使い果たしたためか、その場にゴロンと昏倒したらしい。普通ならば慌てる場面だが、よくよく気絶することが多い名前は、いきなりの失神なんて慣れたもの。「これダメそう!」と自ら申告した挙句、眠るように穏やかな表情で倒れたそうな。

きっと、残された山ぶ鬼嬢は修羅場を感じたはずだ……。
実際目が覚めた後に、さんざん詰られて反省した。
次に卒倒する時は、もう少しドラマチックに倒れようと思う。

「あ、天女様。もう起きてて大丈夫なんですか?」

話し終えた矢先、タイミングを伺っていたかのように引き戸が開いた。
現れたのは、お粥の盆をささげ持った川西左近少年。保健委員の二年生で、今日の当番である。
ちなみに、善法寺氏同様彼もまた何かと幸が薄く、食事を運んで来てくれるのは良いが、三回に一回の確率で盆をひっくり返す逸材だ。

「えぇ……またお粥ですか。天女、普通に白米が食べたいんですけど。体は元気だから固形物いけるよ」
「我儘言わないでください。いくら元気ぶっていても、病み上がりなんですから。天女様は違う世界の方なので、僕達とは体質が違うかもしれないんです。もっと慎重になった方が良いですよ」
「ぐぬぬ……」

年下に言い負かされるのが悔しいので、名前は引ったくるように器を奪うと、大人気なく舌を出した。

「それを言うなら、慎重になるべきは君の方だと思うよ。今朝だって熱々のお鍋ひっくり返したくせに。注意散漫なんじゃないですか〜?」
「ちょっと!僕のはそういうんじゃないんです!天女様と一緒にしないでください!」
「天女と同列に語られるなんて光栄なはず!何の文句が!?」

思わずムキになって立ち上がりかけたところで、頭の上にガツンと衝撃が走った。
驚いて固まると、どうやら川西少年も似たり寄ったりな状態。
二人揃って、誰かにゲンコツを落とされたらしい。
青ざめる川西少年と顔を見合わせ、恐る恐る背後を振り返るとーー

「二人とも、うるっっさい!!ここは保健室だぞ!静かにしろ!」

湯気のたつ拳を掲げ、仁王立ちで激昂する三反田少年の姿があった。

「三反田少年、い、いつからそこに!?」
「ずっといました!!いや、分かってましたけどね!その反応!」

相変わらず影が薄い……なんて言葉では片付けられぬほど、存在感に乏しい少年である。ある意味忍者は天職なのかも。

「天女様、喧嘩する元気があるなら今すぐ学園長にお会い頂けますか!天女様が回復なさるのを、首を長ーーくしてお待ちですよ!」
「うっ……急に持病の差し込みが……っ!」
「……天女様、差し込みって言葉、何か知らずに使ってるでしょ」
「………………」
「無言で目を逸らさない」

はあぁ、と座った目で嘆息され、名前は居た堪れなくなった。
名前だって、こう見えて色々と思い悩んでいるのだ。

「学園長にはそのうち会いに行くよ……大丈夫です。ただちょっと、天女にも思うところがあってですね」

悩みの種とは、やはり山ぶ鬼嬢のことだ。
忍術学園に保護された彼女は、昨日ドクタケの関係者によって引き取られた。本人の精神状態を鑑み、しばらく天女業は休ませるそうだ。

しかし、それはあくまで一時凌ぎに過ぎず、問題解決には至らない。
結局、根本を改善しなければ、堂々巡りなのだ。
新しい天女が擁立されない限り、山ぶ鬼嬢の替え玉人生は永遠に終わらない。この先ずっと、彼女は天女の皮を被り、自由のない生活を強いられ続ける……。今回のように、逃げ出す元気があるうちは良い。その余裕すらも潰えた時、山ぶ鬼嬢は本当に壊れてしまうかもしれない。

「やっぱり、天女が“天女”に戻るべきなんだと思う」

声に出すつもりはなかったのに、うっかり口を滑らせたらしい。
誤ちに気が付いたのは、目の前の二人が愕然とした顔をしたから。
ヤバいな〜と思って取り繕ったものの、まぁまぁ後の祭りであった。
目を三角に吊り上げた川西少年に、すかさず詰め寄られる。

「それはダメです天女様!せっかく自由になったのに!」
「あ、うん、まぁね。本心を言えば嫌ですよ?でも、そのせいで山ぶ鬼嬢は犠牲になったわけだし」
「二人の立場は違いますよ!山ぶ鬼はアレでくのいちです。潜入忍務のようなものなんですよ。誰かの影武者になることなんて、忍にとっては日常茶飯事。仮にも訓練を受けた忍者の卵が、あれしきのことで根を上げるのが悪い!」

川西少年は、顔に似合わず結構容赦ないことを言う。

「そ、そうだとしてもですよ?天女にしてみれば後味悪いって言うか」
「はあ?天女様の気持ちなんて知りませんけど。今更良い子ぶってる場合ですか?オーマガトキから逃げた時点で、天女様の不在によって誰かが割りを食うのは分かってましたよね。今回損したのが、たまたま山ぶ鬼だったっていう話じゃないですか。自分で蒔いた種で心を痛めるなんて、お門違いです」
「ぎゃあ!もうやめて!耳が痛すぎる!」

言葉の刃で滅多刺しになった名前は、布団の上にうつ伏せに倒れた。
本当に忍者って、どいつもこいつも歯に衣着せないんだから!
すると、黙って成り行きを見守っていた三反田少年が、ため息まじりに割り入った。

「……左近、いくら何でも言い過ぎ。謝りなよ」
「三反田先輩!でも!」
「でもじゃない。天女様が心配だから引き止めたいなら、素直にそう言えばいいだろ。この人は正論に弱いんだから」

一言余計な三反田少年は、一応名前を庇っているらしい。
庇われた相手に死体蹴りされるのは予想外だったが、いつまでも無益な意地の張り合いをしていても仕方ない。名前は、観念して顔を上げた。
……結局のところ、三反田少年の所感は間違っていないのだ。川西少年の言葉が正論だったからこそ、名前はこんなにも打ちのめされている。

「謝る必要はないよ、川西少年。天女が良い人ぶりたいと思ってるのは事実だし、本当に心配してるのは山ぶ鬼嬢の進退じゃなくて、自分のメンタルなので……。天女のせいで誰かが犠牲になった時、一番傷ついてショックを受けるのは、他ならぬ天女自身だから。それを未然に防ぎたいだけなんですよ。全部自分のため」

自供するつもりで語ると、三反田少年が「ほーら言わんこっちゃない」みたいな目で川西少年を睨んだ。名前は慌てる。

「いや!いや!川西少年は天女を心配してくれたんですよね!ちょっと言葉選びが過激だったけど、気持ちはちゃんと伝わってるから!今のは勝手に天女が喋っただけだよ!川西少年の優しさは分かってます!」
「はあ!?」

名前が急いで弁解すると、いかにも不機嫌丸出しだった川西少年は、こちらが驚くような勢いで頬を燃やした。

「べっ、別に心配なんてしてません!何恥ずかしい勘違いしてるんですか!?おめでたい人ですね!僕はあなたを責めたんですよ!」
「いやぁ、あはは」
「何笑ってんだ!!おかしいんじゃないですか!?」

赤い顔で捲し立てられても、そんなに怖くない。
職業柄、煙に巻くような喋りをする忍者も多い中で、真っ直ぐ正論を訴えかけてくる川西少年には、ひたむきな真摯さを感じてしまった。
反芻すると、普通に結構グサグサすることを言われているのだが……環境に毒されたのだろうか。でも、分かりやすい忍者って貴重なんだぞ。

「まぁ、天女の勘違いだとしても別に良いです。助言としては有り難かったので。それで、ある意味背中も押されたし」
「押されたって……」

まさか、と呟く川西少年に、名前は軽く笑いかけた。

「天女は、やっぱり天女に戻ろうと思います。公に立った方が、ゾンビ化した人を身近に集めやすいし、天女の奇跡として喧伝もしやすい」
「天女様、それは危険です。タソガレドキが何を考えているかも分からないのに」

驚いて凍りつく川西少年に代わって、三反田少年が険しい声を出した。
どうやら彼も、名前が懸念する問題に気付いているらしい。
ーーつまり、タソガレドキが名前を殺すつもりなのでは?という問題。
名前が異能を発現させた今なら、“殺す価値”があるのだ。

「……可能性としてはありますけど、それは天女が使えなかった場合でしょ。自分で言うのもアレですけど、天女の異能は使いようによっては結構便利だと思う。タソガレドキに協力するなら、帰還の手がかりを探してくれるとも言ってましたし」
「そんな言葉を信じるんですか!?」
「全部は信じられないけど……でも、今天女がここにいる時点で、タソガレドキが温情をかけてくれてるってことじゃないですか」
「……本当にそう思ってます?」

三反田少年は鋭い。本当は嘘だ。微塵もそんなこと思ってない。
タソガレドキが呆気なく名前の身柄を手放したのは、恐らく優しさが理由ではない。慣れない環境で軟禁された名前が精神を病み、異能の発現を待たず自害したり、衰弱死したりすることを恐れたのだと思う。
山ぶ鬼嬢は、あくまで名前が異能を開花させるまでの繋ぎにすぎない。名前の異能が発現した時点で、影武者の必要性はなくなる。別に死んだって構わないのだから、何が何でも、タソガレドキは名前を手元に置こうとするだろう。……それこそ、手足をもいででも。

そう考えると、山ぶ鬼嬢が“真の意味”での影武者だったことも分かる。
異能が目覚めぬ名前は、まだ死ぬわけにはいかない。
危険な表舞台に立たせて、事を成す前に流れ弾に当たったなんてことになれば、タソガレドキは大損だ。だから、偽物を据えたのだ。

「天女から切り出さなくても、そろそろタソガレドキが声をかけてくる頃だと思うよ。天女の近況なんて、手に取るように分かってるし」

果たして、その言葉が呼び水となったのだろうか。
三日後、タソガレドキ城から忍術学園宛てに文が届いた。
ーー天女を城主の側室に迎えたい、という内容だった。

第5話[ 完 ]


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