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保健室に着くと先生がちゃんといた。昼時なのだからもしかしたら違うところにいる可能性があったのだけども。よかった
「どうしたの?」
これまたかっこいい先生だった。優しそうな声に癒しを感じる。まさしく保健室の先生。
「飛鳥さん、こいつ診てやってくれ!」
飛鳥…?聞いたことあるかも。どこだったかも思い出せないのでとりあえず考えるのを止めて、怜の声が深刻すぎたので俺は言った。
「あ、大丈夫です。湿布くれれば平気ですから」
「駄目だよ!飛鳥ちゃんに見てもらった方が良いって!」
「で、でも」
「じゃあ、念のために診ておきましょう?」
優しそうな笑顔に裏は感じないがこれはこれでノーと言えない。
「はい…あ、俺、一年B組の田中憂って言います。先生は、…佐伯、先生?」
俺は保健室のルールに確かあったと思い、クラスと名前を告げた。そして、さっきから飛鳥飛鳥言われているのに胸についたプレートには佐伯と書いてあることに違和感を感じた。
「僕のこと、知らない?」
「え?」
「憂ちゃん知らないんだ!飛鳥ちゃんかなり有名なのに」
俺は友達はいなかったし、平凡生活をしていたからけがをすることもなかったので保健室は利用したことがない。それに高等部の保健室なんか特に話も聞かない。まぁ…飛鳥という名前は聞いたことある気がしないでもない。
「保健室とかあんまり使わないから…」
思ったことを一言にまとめるたが、依然、皆の顔は驚いたままであった。それでも名前くらい知っているだろう?と言わんばかりの顔であった。
「僕は佐伯飛鳥です。以後、お見知りおきを」
くすりと笑った先生に微かな羞恥心を感じた。先生の名前くらい把握するのが辺りまではあったのかもしれないな、と思いながら。
「はい。佐伯先生」
「飛鳥、でいいですよ?」
「え、でも」
「みんな私のことをそう呼びますから」
確かに、怜も真哉も名前で呼んでいる。でもそういうのってやっぱり親密さを物語るものであって…、初対面でいきなり名前っていうのはどうなんだろ。目上の人間に。…でも、本人がそういうなら、と思い俺は飛鳥先生と呼ぶことにした。
「では、腕捲ってください」
言われた通り捲る。そのとき微かな痛みを感じ、よく見るとそこにはすごい痣があった。赤いような青いような、痣。
「うわ…」
「っ、」
「…誰に、やられたんですか?」
訝しげに飛鳥先生が聞く。簡単にできる痣なんかじゃないことを即座に判断したのだろう。いじめと疑っているのかもしれない。優しい先生なのだろう。
「…、帝さんです」
「帝…さん?」
「会長です」
「あぁ…そうか…彼に……君は運がいいね。あ、ごめん。怪我をしているのだから…そういうのはよくないね。でも、骨に異常はないみたいだよ」
「骨に異常がないなら、それは俺は運がいいんですね。帝さんですもんね。大丈夫です」
「よかった〜折れてるんじゃないかと冷や冷やしたよ!」
怜もほっとしたように眉間のしわを少し緩めた。
「でも、治るのに時間はかかりますからね。痛みはしばらく残るでしょう。湿布は毎日付け替えてね。包帯は自分で巻けますか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
「うん。はい湿布。とりあえず四枚ほどあげるね。使い終わっても必要だったらまたとりにきてね」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ帰るか」
「じゃあ失礼しましたー!飛鳥ちゃんまたねー」
「けがはしないで下さいね」
笑顔で手をヒラヒラさせている先生。きっと生徒たちに大人気の先生なんだろうな…なんて想いながら部屋に向かっている時に真哉がこちらを振り返り言った。
「もう!憂ちゃん絶対無茶しないでよ?」
「うん。ごめん」
「しょうがないから明日の朝ご飯で許してあげる」
「さんきゅ」
心配してくれたのか…すごく嬉しい…な
「だいたい!怜のせいだよね?」
真哉の怒りの矛先が怜に向いた時、怜の体がビクリと反応した。その自覚はあったのだろう。
「っ、」
「会長に喧嘩売らなきゃ憂ちゃんが止めに行くこともなかったじゃん」
「…ごめんな、憂」
「大丈夫だよ、怜…」
くすくすと笑いながら許せば真哉は不満げだった。
「一番の問題は」
「?」
「あぁ」
真哉も怜も深刻そうな顔をする。何かやばいことがあったか?と考えた
「憂ちゃんが生徒会に接触したことだね」
「あ、」
そうだ。俺、この格好で…。でも、結構あのときの姿とは違うから…わかりづらいとは思うんだけど…。
「…やっぱやばかったかな?」
「良くはないよ」
「それに親衛隊も黙っちゃいないだろうな」
――――親衛隊。 その存在をすっかり忘れていた。俺が恐れていたもの。あの時は二人に喧嘩をしてほしくなくて、その恐れを忘れていた。
「あぁっどうしよう!」
「大丈夫!憂は俺が守るから!」
「え、ぁ、ありがとう」
「僕も守るからねっ」
「ふ、二人とも…っ」
守ってくれるというのはすごく嬉しいが……俺はいつまでも守られるだけではだめなんだ。俺は一人でこの状態を打破しなければ。ユウの姿で帝さんたちに会うことはかなわない。
自分がもう、彼らの重荷になりたくないんだ。
次の日の朝。
学校に着いて下駄箱を見るとそこには手紙があった。
中身を見ると『これ以上生徒会に近づいた場合は制裁を…』と書かれていた。…まだ、猶予があるのかと思うと少し安心した。だが、これが最後という証拠。もう、彼らへの接触は許されない。
「憂、大丈夫か?」
「っ!全然余裕だよ」
ひょっこり怜が現れたので急いで手紙をポケットに入れた。猶予があるので無駄に心配させる必要はないだろうと思い隠した。
「じゃあ行くか」
「おぉ〜」
怜の心配そうな声。真哉のテンション高めな声にまみれて登校した。 教室の前に着くとそこには人だかりができていた。
「ん?」
「…」
「僕嫌な予感する」
「俺もだな」
人だまり=有名な人がいるってことだからな。絶対良いことはない。俺の平凡生活にとって。
「じゃあ一旦「おい」
引き戻すか、と言おうとしたのだが、人だまりができている方向から聞き覚えのある声がした。接触は許されないあの人の声だ。
「っ、」
「田中、憂だな。」
「か、会長…」
なんで、いるんです……帝さん……。
だいたいにして、何故俺のクラスに、何故俺の名前を知っている。
「おまえに会いに来た」
「は…?」
「っ!!」
俺に、会い……に?
『はぁっ!!!?』 『あり得ない!』 『なんでこんな奴!』 『平凡の癖に!』 『どうゆうことっ!!?』
周りに群れている人たちから悲鳴が聞こえる。俺もまさに、悲鳴を上げそうだ。
「話がある」
「俺には…ないです」
「俺があると言っているんだ」
「おい!」
最終的には首根っこを掴んで連れ去りそうな帝さんに怜が吠えた。
「お前には話してない」
「なっ!」
「会長、僕言いましたよね?」
心底嫌そうな表情な真哉。しかし反対に帝さんの表情は笑顔。面白い、と言いたげなその表情。真哉の不機嫌さが増した。
「覚えてないな」
「構わないでくださいと言いました」
「聞けない話だな。それは」
「なんで憂ちゃんに構うんです」
「気になるからに決まってるだろ」
「っあなたその発言で憂ちゃんがどうゆう扱い受けるか理解してるんですか!」
真哉が熱くなる。俺のためにここまでしてくれると想うとうれしくなるが、いくら真哉でも帝さん相手は分が悪い。
「まぁ、な」
「あんたなぁ!!」
一瞬だけ、帝さんの表情に影が差した。だがそんなことに気づく余裕もなく、真哉はその一言にキレた。
俺でもその発言にはきつものがあった。俺が制裁対象になることを理解しながらも、俺に接触するのは、どういうことか。俺なんてどうだっていいということか。
「…真哉、もういい」
「憂ちゃん、」
「大丈夫。ありがとう」
俺が笑って宥めると、真哉が納得いかなそうな顔をして黙った。黙った真哉を横目に帝さんは言った
「田中憂。生徒会室へ…来い」
「…わかりました」
逆らうことは不可能だ。彼はイエス以外の言葉を受け入れないだろう。俺が彼に敵うわけなんてないんだから。
「じゃあついてこい」
「でも」
「?」
「今から授業を受けるんで放課後じゃ、駄目ですか?」
時間が…欲しい………考える時間が。いかに回避するかを考える時間。
「…わかった。放課後迎えを出す」
「いえ、大丈夫です。一人でいけます」
「…そうか。じゃあ、放課後」
「はい」
『会長からの…呼び出し?』 『あんな平凡がぁ?』 『マジあり得ない』 『なんかの間違いじゃないのっ!?』
会長が去っていくと、人だかりは俺に非難の視線を浴びせていたが、しばらくすると授業のためいなくなった。すると、怜と真哉が側に来た。
「おい」
「……ごめんね」
「大丈夫だよ。真哉は悪くない」
「どーする気だ?あいつ憂がユウって疑ってんじゃねぇか?」
「たぶん」
小声で怜が言った。確かに…下手したら確信を得てるかもしれないぐらいだ。あの人たちは鋭いから…。
「どーするの?」
「どーしよ…」
「考えてなかったのかよ…」
「これから、考える」
本当は、会いたいけど。会えて、嬉しいんだと伝えたいけど。今の俺ではそれはできない。だから、まだ、もう少しだけ気づかないでもらいたい。
そう考えていたらクラスメイトの奴が声をかけてきた。
「お悩みな感じだね」
「え?」
「瀬川?」
真哉が彼の名を口にする。瀬川……って、誰。自慢じゃないが、クラスの奴まだ全員覚えていないんだ。覚えなんてそんなによくない。話したことない人の顔と名前なんて覚えられない。
「俺、瀬川隼壱よろしく」
茶色に染めてある髪で眼鏡をかけているまぁまぁかっこいいと言える男。もう少し、普通の帝さんレベルのいないところにいたらそれなりにモテただろうに。という感じ。
と、いうか……瀬川…隼壱?
セガワ ジュンイチ……ジュンイチ……。何度かつぶやくとそれは思いのほか呼びなれた名で。
「そ。ジュンイチって名前で情報屋やってる」
瀬川は声を潜めた。俺たちにしか聞こえないような声。
「そうなのか?」
「へぇ、知らなかった」
「まーね。知ってる人ほとんどいないけどキミは、知ってるよね?」
俺を見つめながら言われたその台詞。俺が彼に気づいたことに彼は気づいた。 情報屋のジュンイチはしっている。帝さんに紹介されたことがある。黒龍のメンバーの中にいた。他にもシキとかいう帝さん曰く下半身野郎らしい奴と、リュウとかいう無表情の人。顔はあまり思い出せないのだけれど…。
にしても、紹介されたときの俺は素のままの姿だったはずで身長だって伸びたし髪だって伸びたし今は黒だ。一目見てすぐに気づかないと思うんだが。そう、不思議に思っていると彼はにやりと笑って言った
「いったでしょ?…情報屋って」
「っ」
「「?」」
なるほど。情報屋。ありとあらゆる情報を持っている人だから。俺がこの姿になってこの学園に転校してきたことから知っているのかも。
「…ジュン、『ゴーン ゴーン』
「あ、鳴っちゃった」
「まって」
「昼休み、話そうか…ね?」
「…わかった」
自分の席に戻っていく彼の後姿を真哉と怜は不思議そうに見つめていた。
「なんだ?」
「味方…?」
「どうかな…」
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