いろいろありすぎて、忘れていたが今日は登校初日。

まぁ……持ち上がりの俺らからしたら新しい学園生活の始まりのような新鮮さはほとんどない。クラス替えと大差ない。


教室に着いて見渡すとクラスには怜の親衛隊はいたが、それほどまで多くはないようだった。見るからに親衛隊というのは少なそうだ。よかった。アタリのクラスだな。

このクラスなら多少のことでは嫌いになりそうもない。


前半の授業はなんとか無事に終わり、終わるとすぐに、真哉と怜が近づいてきた。昨日の食堂で怜と真哉と歩いたため今更クラスはそこまでざわつきもしない。



「食堂行くか」

「あぁ、そうだな」

「憂ちゃんは晩御飯は食堂なんだね?」

「ん?あぁ」

「ふーん。朝だけかー」

「朝は食堂に行くほど早く起きれない」


着くと昨日来たとき同じ様なことになった。コソコソと俺の悪口が聞こえて、怜と真哉に対するほめ言葉が聞こえて。

軽い悪口は聞き逃せる。まだ。聞きなれてるものが多い。最近は聞いてなかったものだけれど…。それでも俺だってもう高校生だし。いつまでも気にしない。スルースキルはちゃんと得ている。


あいつらだって俺ばっかりを気にしてるわけじゃない。


「キャ―――!!」
「今日は会長がいらっしゃる!」
「ラッキー!!」

生徒会が来れば俺の悪口どころか視線だって俺に向いていない。彼らの視界は生徒会でいっぱいだ。

生徒会は俺たちの後方にいた。


「来るの早いな…」

「イライラしてるみたいだね」

「真哉よくわかるな?」

「1+1と同じくらい簡単だよ」

「そんなに…か?」



俺は帝さんって昔から何考えてるかなんてわからないんだけどな。俺のほうが帝さんを見ている時間は長かったはずなんだけど…おかしいな。


さて、と言って俺たちはその場に立って空いている席を探した。そんな時、後ろから不機嫌そうな声がした。


「邪魔だ」


「は?」

「え?」


こんなに広い食堂で俺たち三人が邪魔になるのか?というか俺たちより親衛隊のほうが邪魔だと思うが、と理不尽さにいらいらしつつ後ろを振り返った。


「どけ」


振り返ると不機嫌丸出しの表情の生徒会会長であった。


「……んだよ、あんたかよ」


舌打ちをせんばかりの勢いで怜は言った。


「あぁ゛?」

「んだよ」


もちろん。その態度に帝さんが快く思うわけもなく。売り言葉に買い言葉。いきなり二人は喧嘩モードに入っていった。

ご飯を食べにきただけなのに、どうやってこの喧嘩を止めようか。と思っていると俺は腕を引かれた。


「僕たちは席を探そうか」

「ま、真哉?」

「こーなったら止めらんないもん。憂ちゃんも先座ろ?怜も落ち着いたら来るでしょ。口ん中に物入れられる状況だったらね」


真哉はそう言った。暗に「怜が負けたら終わる」と言っている。その負けにつく痛みもわかっている状態で。どうして真哉は放っておける?そう口に出そうだったが、真哉もとめたくても止められないのだと、俺の腕を握る手から伝わった。

俺は、大切な人が傷つく姿は見たくない。数少ない大切な人に無駄に傷ついてほしくはない。そう、この喧嘩は無駄だ。

無駄に怜に傷ついてほしくないし、無駄に帝さんに拳を揮ってほしくない。

殴れば、痛いのは相手だけではない。そうでしょ、帝さん…!



「俺、止めてくる…」

「え?」



席に座る直前で俺は二人の元へ走った。
二人の周りにはすでにギャラリーができていた。


「てめぇ俺に喧嘩売ろうとはいい度胸してるな……俺に勝てるとでも思ってんのか?」

「あぁ、負ける気しねーよ?」


二人が二人とも不敵な笑みを浮かべていた。そんな帝さんのそばにマサさんもいた。

そばにいるならこんな無駄なことは止めてくれと思ったがきっと帝さんを止める術はマサさんも知らない。だから、そばで傍観を決め込んでいるのだろう。


ならば、解決法は1つ。


帝さんが引かないなら、怜を引かせればいい。怜が引けばもしかしたら一方的な喧嘩に変わってマサさんも止められるかもしれないし、帝さん自ら戦意喪失するかもしれない。物は試しだ。やってみよう。



このとき俺は、自分が二人から逃げているということを忘れていた。



「怜!」


二人に近づくために群がっている人を掻き分けながら俺は友の名を叫んだ。人はたくさんいるのにさほど騒がしくないこの空間では俺の声は怜に届いただろう。


「、」

「憂?」


「ユウ…だと?」


帝さんの口が微かに動いたが俺にはなんて言ったかまではわからなかった。それでも帝さんの瞳は俺を捕らえていた。


「怜、やめろって。飯食いに来たんだろ?」

「…」




「喧嘩なんてやめてくれ…殴られて痛いの相手だけじゃない」

「っ、…」


帝さんが目を見開き俺を見たのを横目で確認した。この言葉は帝さんにも言ったことがある。その時は相手の返り血に染められた帝さんを見て帝さんに目立った怪我はなかったけど心に傷を負っているようにも見えた。そして、俺の心も痛かった。


怜は目をつぶってため息をはいた。


「…わかった。ごめんな…じゃ、そういうことだから、生徒会長」

「おい、俺の腹の虫は収まってねぇんだよ」


戦線離脱をしようとした怜に待ったをかける帝さん


「……会長、俺たち飯食うんで、…お願いします」


帝さんとマサさんを目の前にしてやっと思い出した、自分の立場。今はこの二人の前に姿を現してはいけなかったことを。でも眼鏡してるし前髪も長いから顔はそんなに見えてない、はず。


「てめぇ、急に入って来やがって獲物逃がそうってか?」

「…」

案の定気づいていない様子だった。

だがしかし、俺を見つめる帝さんの目の鋭さがきつかった。俺はあんな目をした帝さんを知らない。喧嘩教えてくれたときだって昨日だって…いつだって帝さんはやさしかった。



声が違う

この声は敵に向ける声。それは俺をユウだと思っていない証拠だとは思うが、辛い。


「地味野郎が俺に楯突くのか」

「違います」


帝さんの口から俺の誹謗中傷を聞きたくない。自然と顔が強張る


「今、喧嘩したってなんの解決にならないじゃないですか……」


もう喧嘩なんて…やらないで欲しい。傷つくだけで解決にはならない。しかも、こんなに無意味な


「……っ黙れ!…てめぇの声聞いてるとイライラすんだよ!」

「っ!憂!」

「憂ちゃん!」


怜と真哉の声が聞こえた。帝さんが臨戦態勢に入ったのを二人は感じ取ったのだ。

怜が俺をかばおうと俺の前に出ようとしたのを、俺は止めた。


「っ!」

「…大丈夫、」


帝さんは蹴りがまず始めに来る。何度も訓練してくれたんだ。覚えてる。

教えてもらったときと違うのは今は本気だ、ということ。
本気で俺を潰そうとしているということ。


「っ」


俺は咄嗟にしゃがんだ。蹴りのスピードが早かったので腕を頭の横でガードさせながら。それでも完全によけ切ることはできずに腕に蹴りが掠めた。



「!」


頭は守れたので意識はあるが、腕がしびれている。

相手を一発でしとめる方法をよく知っている帝さんだ。頭なんてやられたら俺はきっと病院行きになっていただろう。全く反射神経だけは良くて助かる。


「っ!…お前…」


会長が何かを俺に喋ろうとした時


「憂!大丈夫かっ!?」

「憂ちゃん!」


2人が心配そうに駆け寄ってきた。俺は大丈夫と言っても真哉大丈夫なわけがないと言い張り怒り出す。


「本当に、かすっただけだってば」

「嘘つくな、保健室行くぞ!」

「怜…、大丈夫だってば」

「大丈夫なわけないでしょーがっ!ほら行くよ!」

「真哉…」

「じゃ、会長、副会長。僕たちこれで失礼します。………これ以上僕たちに構わないでください」


呆然と立ち尽くす会長。そのそばに目を見開いている副会長。周りの人たちも事態についていけなくなっていた。

俺らはその場を去った。向かう場所は保健室。














俺は、生徒会の仕事を終えて、ストレスがたまっていた。だから、神田が売った喧嘩を買った。もっとも、一番最初に喧嘩を売ったのは俺かもしれないが。


周りの人の群れの中からやけに耳に入ってきた声がした。


―――――…ユウの声だ


雅もそう想ったのだろう。目を見開いている。電話で聞いた声、笑った声、寂しがっている声。俺たちはたくさんのユウの声を聞いている。

その声の主は神田の知り合いだったらしく神田が反応して彼の名を呼んだ。


ユウ、と



「ユウ…だと?」


声だけじゃない名前も…まさか…、と期待したが目の前に現れた奴は俺たちの知るユウとは似ても似つかない人物だった。

ユウの髪は綺麗な赤茶だった。瞳も同じ。きれいな色だった。……いや、だが…昨日あったときは…黒髪だった。

では…本当に…?


疑問に思って再びその人物を凝視するが、彼の顔を覆う眼鏡を見て俺たちの知るユウは視力は悪くなかった。と思い違う人間であると言う結論を出した。


そう、別人。


そうやって自分に言い聞かせた。そのとき、奴はユウと同じことを言った。一瞬であのときを思い出す。

俺が、黒龍を解散させる決意をさせた時

優しいユウらしい言葉。今まで人を殴ることに理由なんてなかった。売られた喧嘩を買っているだけ。人を殴ってその跡に襲う虚無感。返り血を浴びて、ユウに会ったとき人を殴っている帝さんを見ると心が痛いんです。と泣きそうになりながら。


その台詞を最後にユウはいなくなったんだ…




頭がごちゃごちゃして、苛立ちはさらに募った。そして、神田達がこの場を去ろうとした。…そんなこと、俺は許さない。

奴がこちらを向いてしゃべる。それだけで、俺の苛立ちが募る。ユウの声が聞こえるのにそれはユウじゃない。






俺は敵に向ける声で奴に問う。そう、こいつは敵だ……。



「地味野郎が俺に楯突くのか」

「違います」


…ユウの声


黙れ、黙れ黙れ!ユウじゃないくせに、ユウの声を発するな!

俺は、奴を潰すために俺は蹴りを食らわせた。



…いや食らわせようとした、が…あいつは避けた。俺の本気蹴りを。

少しだけ、確実にあいつの腕に当たった。だが、俺は頭を狙った。一発で、仕留めるために。

確かに、一般の生徒ということでどこか油断はしていたかもしれないが。それでも一般の生徒を一発で仕留めるだけの気持ちでいった。それを避けるということは、一般の生徒から何か逸脱していると言うこと。


その事実に俺はこいつに興味が湧いた



ユウと関連していなくても、俺は奴に興味を持った。久しぶりの感覚に体が熱い。



「憂!大丈夫かっ!?」

「憂ちゃん!」


神田と水野が現れて奴を介抱する。


大丈夫だと言うが、俺の本気の蹴りが少しでも当たったのだからかすり傷で済んでいるはずがない。本当にかすり傷ならばそれこそ、奴はなにかある。と思うが…あいつは隠しているつもりだがよく見れば腕がしびれているようだった。

そのことに神田も真哉も気づいている。


「じゃ、会長、副会長。僕たち失礼します。…これ以上僕たちに構わないでください」


水野が最後に俺たちを威嚇して去っていった。



「聞けない話だな」



走り去った水野達には聞こえていない、俺の返事。わざわざ聞かせてやるつもりもなかったが。


「帝…」

「雅」

「あの子イイね…」

「…」



雅も興味を持ったか…。当たり前か。あれだけ面白いことが目の前で起きればな。



「…みなさん、お騒がせしました。ご飯を楽しんでくださいね」


雅が騒がしくなる食堂を収めるように言った。想ってもないことをよく言えるな、と感心する。



「あ、あの…」

「なんだ」


ちっこい生徒が俺たちに歩み寄ってきた。俺に用があるのか。おおよその要件は予想できる。


「今晩あ、あの」


頬を染めながら言うその内容は夜の誘い。
昔の俺なら名前クラスを聞いていたところだが、今の俺は違う。もう、やめたんだ。


「…断る。おまえに興味が湧かないんだ。悪いな」

「っ!」

おまけ程度に謝罪の言葉を伝え俺はその場を立ち去った。


今興味があるのはあいつ


「雅、帰るぞ」

「はいはい」

「あいつ、なんて名前かな」

「憂、田中 憂。だってよ」


すぐに返事が返ってきていささか驚く。確かにこいつはまじめに学内の生徒の名前を覚えていたりするが、全員の名前を覚えているわけではないだろう。あんな初対面の生徒の名前を…


「…知ってたのか?」

「まぁね。ちょっと前に会ったから」

「ふーん」


田中、憂か…。ユウの代わりに不足はなさそうだな。あぁ、楽しみだよ。

















『田中…憂。許さない』


小さな呟きは、食堂の喧騒の中に消えた






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