新しいクラス。新しい教室。新しいクラスメート。何もかも新しい尽くしの、普通の4月のある日の話。
黒板に四角い文字で勢揃いした委員会の名前の下に、私の苗字はなかった。
「有り得ないでしょ。落とし物係がじゃんけんとか…」
ぶつくさ言って机に突っ伏す。ざわめく教室は私の声をかき消すから、気にする人はいない。去年一年間を落とし物係で過ごした私は、その仕事のなさに惹かれて今年も手をあげた。でも公正なるじゃんけんという一種の運試しの末、敗北を喫した…なんていうと大層凄いことみたいだけれど、実際のところ私がパーを出して、みんながチョキを出したっていうそれだけの話。
「はあ…。無職だよ」
「フリーター?」
「イエス」
突っ伏す私に声をかけてきた物好きな彼は、隣の席のトウヤくん。去年からの知り合いで、男子の中では何かと話す機会が多い。腐れ縁ともいう。
「まだ応援団が募集中じゃん」
「委員会と応援団は違うんですー。それにチアは朝練があるでしょ?」
私は面倒なお仕事だのが好きではないのだ。朝は寝ていたい派。だから落とし物係に志願したというのに。第一私のチアなんて誰が応援されて嬉しいと言うんだ。もっと可愛くて踊りの上手い子がやるべきであると思います。
「俺さ、対学リレー出るんだよね」
「あら凄い。何それ自慢」
対学リレー、それは我が学園の体育祭における目玉の一つである。学年で足が速い人が上から三番目まで選抜されるという私には縁もゆかりもない話だ。勿論陸上部の若き? エース、トウヤくんは今年もそのメンバーにしっかりと食い込んでいる。
「で、それが何か?」
「俺の応援してよ」
「…はい?」
怪訝そのものといった私の反応に、リレーの時は応援団が応援するだろ、とトウヤくんが懇切丁寧に説明を始めた。いや、それは知ってますけどね。問題はそこじゃないでしょうが!
「私が? チアリーダー?」
「そ」
どうせ選択肢は無いんじゃん? とトウヤくんがくるりと指先を回した。いや…委員会だの応援団だのに入らなかった人は、その他諸々で雑用係に駆り立てられて、余計面倒事を負わされるのは周知の事実であるけれども。
「それはそうだけど」
「ナマエが応援してくれたらいける気がするんだけどなー」
「あはは、それは関係ないんじゃないの? 良いじゃん、もう…私は…無職を貫き通すよ。他の子に頼んだら?」
「…」
途端にトウヤくんは黙り込んだ。おーい、どうした、と小さく声をかけつつ意識を覚醒させるようにそっと手をちらつかせる。
「……じゃなきゃ」
「え?」
「ナマエじゃなきゃ意味ないだろ」
「えっ、私!?」
どうして!? と声をあげると、トウヤくんは葛藤に競り負けたような苦い顔をした。あれ、冗談の延長じゃ、ない? 先程まではお互いふざけた調子だったって言うのに、一体いつ路線変更が行われたのだろうか。
「…あ、あの。私、踊りも別段上手くないんだけど…」
「知ってる」
迷い無く返ってきた返答に、知ってるだと!? 事実にしてもいたく失礼ね! と勝手に憤慨していると、粗方黒板を写し終えたらしい書記が何やらゴーサインを出していた。じゃあ最後に、と委員長の座を勝ち取ったクラスメートが白い文字に目を通して声をあげる。
「…ナマエだからだよ」
重なるように、トウヤくんがそう言った。
「え?」
「他に誰に頼むかよ」
それだけ言って、トウヤくんは頬杖をついて視線を逸らす。え? だなんて、全然何事でもないようなフリをしていたけれど、頭の中ではおかしな風にそれが解釈されていて、変な動悸が止まらなかった。絶賛混乱中ですので悪しからずのテロップが流れる。
応援団、やりたい人。と通る声が教室に響いた。秒針の響きが心臓の音と重ねっては離れる。どうしろと。私をどうしたいっての。
す、と手を伸ばす。顔は俯けたまま不動の体制でいると、はっきり名前を呼ばれたのが分かった。視界の隅でトウヤくんが驚いた顔をするのが見えた。なんで驚くのよ、そっちが最初に言った癖にさ。けれど、そちらを向く気にはならない。今現在の私の頬は、林檎も真っ青なくらいに赤くなっているに違いないからだ。
「…もし、負けちゃったりなんかしても責任とらないけど」
「…ナマエ」
「応援、してあげる」
ありがとうとトウヤくんが笑った。私は遣り場のない視線に何もない机の端の傷へと目をやり、ゆっくり手を下ろした。




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20130408

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