旅先で度々Nさん、と名乗る人に私は出会った。彼はいつでもポケモンのことを第一に考えていて、だからこそポケモンバトルのことを芳しく思っていない節もあった。そんな彼となんだってリーグ制覇を目指す私が、一緒に次の町まで行くべくして同じ船に乗っているのか、自分でも甚だ疑問だ。…なんでだろう。


「ナマエはまだバトルをしてるのかい?」
「そうだよ。だってトレーナーだし」
「確かにキミたちはお互い信頼しあってるし、ポケモンだってバトルを楽しんでるのは知っているんだ。でも、やっぱりどんな形であれポケモンが傷付くのは見過ごせないよ、今からでも心変えする気は」
「ありません」


徐々に熱を持って早口に語り始めたNさんの言葉をびし、と遮る。するとNさんは大人しく口をつぐんだ。


「大体ね、私がバトル出来なかったら、プラズマ団とあった時Nさんは自分の体でポケモンを守ろうとするでしょ」
「そうだね」
「そのたびに傷作ってるのが私は許せないの」


思い返せば初めて会った時もそんなシチュエーションだった。プラズマ団からポケモンを庇って強力な技を受けている彼が信じられなくて、一度目を疑った。あんなに強さも大きさでも適うはずないポケモンを前にして、自分が体を張るなんて絶対私には出来ないと思った。今でも出来ないと思う。なんて勇敢な人なんだろうと一時は思っていたけど、最近はそんな彼が不安で仕方ない。プラズマ団の一員と思われる人と出会う度に後をつけては、悪事を働いている時は鉄砲玉よろしくその場に駆け込んでいく。私が同行し始めたために傷の数は随分減ったけど、それを差し引いてもNさんが作る傷は絶えない。ジョーイさんもびっくりだ。


「Nさんが代わりに傷付いたら、悲しむポケモンだっているし」
「それは…」


手を顎のあたりに持っていき、Nさんは暫く考えるポーズをとった。光のない瞳が水面を映す。私は隣で潮のかおりが混じった風を受けていた。


「そんなことも、あるかもしれないな。善処するよ」
「あっ、本当?」


良かった、と微笑むとNさんはちょっぴり躊躇ってから同じように笑みを浮かべた。彼の緑色の髪の毛が風に揺れている。私は何だか目を合わせているのが躊躇われて、海の方を向き直して手すりを握った。


「まあ、せめて私がいる間だけはそういうことも考えてみてね!リーグ制覇に挑む実力者としてはあれくらいの敵は倒せないと!」
「…ところでナマエ」
「ん?」
「キミは、やっぱりバトルを止める気は」
「ありません」


再びきっぱり断言する。もう、Nさんってば隙あらば私の脱トレーナーを狙ってくるんだから…。Nさんが持論を譲らないのと同じで、私だってここだけは絶対に譲らない。


「私はトレーナーズスクールに入ったときから、将来の夢はイッシュのチャンピオンって決めてるんです」
「前も言っていたね」
「うん。第一トレーナーを止めて何になれるって言うの?私、今までポケモンバトルのことしか頭に無かったんだから」
「何にでもなれると思うけど」
「えーっ、例えば?」
「そうだね。ボクのお嫁さんとか」
「………は」


Nさんの口からあまりに見当から外れた言葉が出てきて一瞬フリーズしてしまった。な、何それ?オヨメサン?それなんて職業…じゃない、よね。て、天然で言ってる?


「まあそれは冗談だけれど、色々選択肢があるじゃないか、君には」
「え、あ! そ、そうだね…」


慌てる私に普段の飄々とした態度でNさんは続けた。じょ、冗談をかまされてしまった。前は冗談なんて言わなかったのに…やっぱりNさんも少しずつ変わっているんだな。一人で慌ててアホらしい。


「…でも、今は確かに約束するとは言えないけれど」
「ん?」
「ボクのやるべきことが終わったときには冗談抜きで考えてくれていい」


え、と本日二度目のフリーズを食らった私に、それじゃボクは部屋に戻るよ、と言いおいて帽子の鍔を直し、Nさんはその場を離れた。階段を降りていく後ろ姿にあ、はい、と間抜けな返事が口からこぼれる。
っていうか、それって、どういう。…い、けない。頭が真っ白だ…。
甲板に一人残された私の熱くなった耳に、そっと波の音が滑り込んできた。




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20130311
アニメNさんのイメージ

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