後輩キョウヘイくんともだもだ







ポケモンセンターの一室。レポートの確認をしているキョウヘイくんを横目に、私は置かれた割と簡素なベッドの上で幾枚かのブロマイドを眺めていた。どれも本日、ポケウッドまで彼に会いに行った時に買ったものである。今まではあまりこういうのに興味が無かったから、屋台から声をかけられた時はそんな予定など無かったのだけれど。
写真には何を隠そう、我らがムービースター、キョウヘイくんがポケモンと共に、映画の中で色々な役を見事に演じた一シーンが切り取られている。流石と言うべきか、写真一つでも映画の雰囲気が伝わってくる。

「ナマエさん。何見て…って、うわっ、なんでそんなの買ってるんですか!」

「わ、キョウヘイくん! あ、これね、ポケウッドで売ってたんだよ」

手元のそれに集中している間に、いつの間にか側に来ていたキョウヘイくんが驚いた声を上げる。うつ伏せでリラックスムードだった私にも驚きが連鎖して、顔をあげた。あれ、レポートの整理は終わったのかな。

「こんなの売ってるのか…」

「え? 知らなかったの? もしかして、本人に許可なし?」

「いや、出演者のグッズがあるのは知ってました、けど、実際見てみるとなんていうか」

「なるほど。私も今日初めて知ったんだけど。SFとか戦隊ものとか、ホラーとか…本当に名役者だね!」

笑顔を向けると、キョウヘイくんは頬を赤くした。有名人とはいえ、直接褒められるのには慣れてないんだろうか。

「や、やめてくださいよ」

「そんな、照れなくてもいいのに。私も友達も、いっつもキョウヘイくんの映画、楽しみにしてるんだよ」

「…」

恋愛の話なんかはキョウヘイくんの向かいに別の女の子がいるからちょっと胸が痛いけど、それもお仕事のうちであるし。それに普段は見れないキョウヘイくんがいて、恋をしたらこんな表情するのかな、とか思うと、ファン的精神かもしれないけれど、ときめくものがある。

「でも、この前撮ってた映画のは、まだないんだね」

「…ナマエさん!」

「ん? なに? あ、この写真凄い!」

「ナマエさんってば!」

「わ!? キョウヘイくん!?」

「没収ですから!」

体を起こして写真を上に、見上げるような形で見ていると、宣言通りに伸ばした手の先からブロマイドが取られてしまった。あーっ! なんで!

「返して!」

「返さないです!」

「返そう!」

「…嫌です!」

「む…。こうなったら力づくで!」

「力づくって…あ、ちょっと、だめですってば!」

頑張って手を伸ばすも、幾分か身長が足りなくて上手いこと目標に手が届かない。それでも諦めず挑戦しようとする私の動きを封じようとしたのか、キョウヘイくんがこちらの片手を掴んだ。そのせいでブロマイドの束には後一歩というところで届かず、手が空を切る。
むむむ…年上の言うことを聞かないなんて、反抗期なの!?

なんて考えてみたところで、下ろした視線が僅か先にあるキョウヘイくんのものとかち合う。予想外に近い距離にびっくりして、瞬きを一つする。ええと…。写真の方に必死になっている間に、ぐいぐい近付いてしまった、というか、それはバランスを崩したらキョウヘイくんごとベッドに倒れ込むぐらいの距離でありまして…。

よく考えなくてもすごいことになってる!

「きょ、キョウヘイくん」

「だめです!」

慌てて体を引こうとするも、本人にそのつもりはないんだろうが、お仕置きだと言わんばかりに固く掴まれた腕がそれを許してくれない。仕方が無く、せめて、と俯きがちに言葉をこぼすことにする。

「そ、それ、私が買ったんだけどな…」

「…。ここに僕がいるのに、不満なんですか」

すぐそばから落ちてきたその声にあれ、少し拗ねているのかな、なんて何だか嬉し恥ずかし、微笑ましい気持ちになるのも束の間、瞼を上げればすぐにその違和感に気付いた。彼の愛用のサンバイザーの下、電灯の影になっているその目に浮かぶ表情は、そういう優しいなにかじゃない。
なんていうか、よく知ってはいないけれど…男の人の目。
押し殺したようなその声は、普段の彼には似合わないものだ、けれど。

「…はあ…。写真を見てる時のナマエさん、どんな風に笑ってるか知ってますか?」

「ど、どんな風って?」

「恋してるみたいな、そんな感じなんです。勘違いしそうな、そんな表情、してるんですよ。何にそんな表情してるのかって、勝手に気にして、でもそれが自分だって分かって、でも」

でも、それって、ファンだから、ですか。

ナマエさんが僕のファンだって言うのは嬉しいけれど、と彼が目を伏せる。演じていない、ただの僕には、興味無いですか。

ぱちり、また瞬きをした。なんていうか、その、現実味が私の中から抜け落ちてしまった感覚がする。

「こんなこと、言うつもりじゃなかったのに。ごめんなさい、凄く支離滅裂だ。本当は、もっとちゃんと整理をつけなきゃって、思ってたんです、けど」

「キョウヘイ、くん?」

「そうやって無防備で、僕が何も思わないと思ってますか。」

夢に落ちるような感覚を伴って、ゆっくり、後ろに倒される。え、え。それは普通、男の子と二人の時にベッドに寝転んだりとか、しないけれど…。どこかでキョウヘイくんは自分と違う存在で、っていう気持ちがあったんだ、と思う。仲良くなれても、やっぱり私はファンの一人であって。
そんな風に、思っていた、のに。

触れられたところから、現実が私の中に流れ込んでくる。

「…好きなんです。ナマエさん」

私の瞳の中の彼は、今までどの映画でだって見たことがないような雰囲気を纏っていた。




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20150302
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