2014 3 14/これの続き!







1 week


バレンタインが終わり、やれテストだなんだと学生の私達は忙しい時を過ごしていた。特大の告白チャンス、その名もバレンタイン……を逃した私がトウコとベルにちくちくと文句を言われたのは言うまでもないんだけど、今更どうしようもないの一点張りでなんとか逃げ切った。勿論自分の中でも納得いったとは行かないわけで、数日間は部屋でうだうだと悶えたりもしたものだが、悩んでいたってだめだ、もう知らない!と吹っ切れてから私は学生の本分、勉学というものに時間を費やしていた。こんなに勉強したのなんて初めてかもしれない。失恋(したわけじゃないけど、そんな気分)の負のエネルギーっていうのは恐ろしいものだ。結果、バトル形式の実技は普段通り散々だったけれど、筆記はまあまあ。これはいつも通りだ。幼馴染たちは偏りがあるもののみんな成績優秀で、特別トウコは実技で稼ぐわ!と恐ろしく一方的なバトルをやっていたりした。


の、だけれど、今思うと実技の時からトウヤの様子は少しおかしかった気がする。


それは丁度綺麗に効果抜群の火炎放射がきまって、わっと観客席側が湧く中に勝者のトウヤが戻ってきたときだった。端くれとはいえトレーナー志望の私もすっかりその見事なバトルに見惚れてしまって、笑顔で彼を迎えたのだ。


「トウヤ、流石だねー!その才能私にも分けてよ」
「そう」
「ん?トウヤ?」
「……俺もう行くから」
「え?」


珍しく褒めてみただけだっていうのに、トウヤは逃げ出すように話を切った。口数も妙に少ないまま、試験待ちの群衆の中にその後姿が消えていく。アララギ先生が次の対戦者を呼ぶ声が遠く聞こえた。私……何か失礼なことでも言ったかな?いいや、思い当たらない……寧ろ褒めたつもりだったのに。


「……変なの」








2 week


それはその時だけで、まあ不機嫌だったのかななんて特に気にも留めていなかったのだけれど、問題はその後からだった。試験も粗方終わり、束の間の日常が帰って来た、はずだったのに。


「おはよ、ナマエ」
「わ、おはようトウヤ……時間合うなんて珍しい。寝坊したの?」
「まさか。ナマエのこと待ってたから」
「えっ、はい?どうして急に」
「俺がナマエと一緒に行きたいからだけど」
「は……、ええ!?」


人の困惑など我関せずといった感じで隣についたトウヤはなに突っ立ってるんだよと私を急かす。私は思わず王道的に頬をつねってみた。うう、鈍く痛い、痛いけどこれは絶対現実じゃない!偶々同じ時間で一緒に登校することはあっても、待つってなんで。用事でもあるならいざ知らず、一緒に行きたいってどういうこと!?


頭の中は大混乱で、ちっとも納得いく解答は見つけられないまま何だかんだと登校してしまった訳ですが。


「なんで!?何あれ!?」
「ナマエが告白したんじゃないの?」
「なんで! だってバレンタインに失敗してから……そんな、するわけない」
「変だねえ」


兎にも角にも、その一件があってからトウヤは妙に上機嫌な感じで、妙に私に優しい。私の好きな味のお菓子を分けてくれたりとか、そういう些細なことに違いないんだけど、私からしたら毎度毎度心臓によろしくないといいますか。

別に嬉しくないわけじゃなくて、寧ろ往々にして嬉し過ぎて転がり回りたくなるけど、急に理由もなくというのがどうも腑に落ちない。例えば、本当に例えばの話だけど、彼氏彼女になったとしたらこんな感じ……なんだろうか。
いや、それにしても、ここまで別ベクトルに変わるもの?
前は顔を合わせると五割は口論みたく発展していたものが、今はなんだか文句のつけようもなくなって、私からも憎まれ口をたたくなんてことはない。だって髪型変えたんだ、似合ってるんじゃん、とか、どうやって文句を言えって言うんだろうか。赤面するしかない。


いや、あまり動揺は見せないように心掛けたけれども!以前は消しゴム一つにしても、落ちたぞ、拾えば?とか好戦的な態度なものだから、拾ってくれないのか!と反論の一つや二つ出来たものだけど。


「やっぱり何か裏があるのかも……」
「昔流行ったもんね、罰ゲームとか!」
「ん?そ、それだー!」


ベルの発言が私の靄がかった部分に上手くはまりこむ。そうだ。言われてみると、そうに違いないとしか思えなかった。昔ちょくちょく話題になってた、一ヶ月間だけ気があるふりをして告白する、みたいな罰ゲーム!そっか…時折男子が集まって何やらやっているときがあるし、標的にされたんだろうか。


「全く…やられる方はドキドキですよ」
「トウヤが好きな分?」
「しーっ!しーっ!誰かに聞かれたらどうするの!」


チェレンから借りた宿題のプリントを写す手を止め、必死にベルの口を塞ぐ。ぎりぎりのところで廊下側から話し声がして、すぐに教室のドアが開いた。こちらを見た茶色の瞳が丸くなって、あれ、と呟く本人がご登場、私はまさに危機一髪だったと胸を撫で下ろした。


「ナマエ?まだ帰ってなかったんだ」
「あ、あはは、宿題がいまいちわかんなくってベルと写してたとこ!」
「そ、そうなんだよトウヤ、難しくって」
「ふうん?」


この際耳まで真っ赤なのは夕焼けのせいということにしていただいて、至って普通の放課後の風景を取り繕うことにする。ベルも上手いこと話を合わせてくれたので、二人笑っているとじゃあ、とトウヤが口を開いた。


「待ってるから一緒に帰ろう」
「え」
「さっきチェレンのこと図書館で見たから、四人で」
「う、うん!分かった!」


一先ず、思わず二人きりでかと誤訳してしまった私を殴りたい気持ちでいっぱいです、と笑顔の裏で一人後悔する。先にベルが席を立って、図書館行ってるよー!というので、私も慌てて後悔の念を追い払ってばたばたとノートを畳む。荷物を纏めたまま待っても良かったんだけど、トウヤと二人でいる空間というのが今はちょっと有難くない。


「トウヤ!私も行ってるよ!」
「了解」


席に置いてある鞄を取りに戻ろうとするトウヤと、すれ違うとき。


「二人きりが良かった?」
「!!」


なんて、とにやり、と笑う。
その言葉が通った耳から熱が伝導していって、本当に私は放課後の机の上で突っ伏したまま、夢でも見ているんじゃないかと思った。








3 week


「ナマエ?何それ」
「あ、これ?課題のノートが返ってきたやつ」
「持ってやるから貸しなよ」
「……ありがとう」


罰ゲーム、そういうもんなんだ、と納得がいけば、こんな私でも素直になれた。先生に押し付けられた課題のノートの山、前だったらなんだかんだと持ってくれただろうけど、半分だけな、とか付け足すんだろうと思うとこういうところはやっぱり不思議な感じ。


……でも、こんな風に気遣ってもらえるのって、本当は憧れていたりして…。


一体誰に言われてやっているのかは分からないけれども、期間限定なんだろうと思うと一層このままに甘んじていたい気もした。時々ぽんと飛び出る台詞に対する躊躇いとか恥ずかしさとかにはまだまだ慣れないけど、それを差し引いても余るくらいに私はこんな甘ったるい夢を夢見てたみたいだった。

からかわれているっていうのは普通止めさせたいものだけど、これは別にそんな風に思えない。どういう思いでやってるのかは分からないけど、知らないままで騙されてあげようかな……なんて。


「ナマエ?」
「ぎゃっ、な、何!?」


遠慮無く覗き込まれて弾けるように飛び退くと、固まってるから、と悪びれなく言われる。狙ったような目と鼻の先の至近距離というのは、いつまで経っても慣れる気がしない。


「なんか考えてたわけ?」
「ちょっとね…ちょ、近い!近いよ!」
「俺のこと?」


にこり、と微笑むトウヤに上手い返事が出来るくらい私は頭が回る人間じゃなかった。
トウヤのこと、確かにそうなんだけど!


「今日の夕飯何かなーって!」
「昼から?」


腕時計を一瞥してトウヤが笑うので、私の中で大きく羞恥心が膨れ上がった。昼食直後に夕食に思いを馳せるなんて、どれだけ食い意地張り過ぎって話だ。ああ、選択ミス…。


「チョコレートなら持ってるけどいる?」
「チョコレート?」
「普通に市販の」


トウヤが箱の形を手で空に描きながら銘柄を口にする。特に断る理由もなく、私は教室の扉を開きながら首を縦に振った。くれるっていうなら甘いものは勿論好きだし。教室まで無事ノートの山を運び終えると、トウヤが自分の席の方に私を手招く。取り出されたパッケージの中から一粒トウヤがチョコレートを取り出した。長い指先に摘ままれて美味しそうなその粒がすっと差し出される。騒がしい教室、二人くらいの普通の話し声は、その中に埋もれてしまうけれど。


「はい、口開けて」
「はっ……はいぃ!?」
「口開けて?」


む、無理無理、と必死で抵抗する。だってそれってあれだよね。つまり彼氏彼女がやるような、所謂あーん、という。そんな甘ったるいこと!チョコレートだけで十分!!


「いらないわけ?」
「ほ、欲しいですが」
「だから、ほら。あげるって」


非の打ち所がない笑顔に、少しばかり、優しさの後ろに隠れている意地悪さが大きく顔を覗かせた気がした。う、ぐぐ。


「い、いただきます!」


手元にあった方の箱からチョコレートを一つ拝借する。なんだ、とトウヤは持っていたチョコレートを口に放り込んだ。








4 week


ホワイトデー…一ヶ月前のことを思い出して沈んだ気分でベットで体を起こしたその日も、トウヤの妙なテンションは勿論例外じゃなく続いた。流石にこの頃となるとトウコもベルもチェレンも、すっかりこのトウヤに慣れてしまって、トウコに至ってはあれ?あんたらまだ付き合ってなかったんだっけ?といった反応をされた。付き合ってません!


まあ、そうなら良いものを、と卵焼きを一つ口に運ぶ。多分今私達の間で絶賛進行中なのは罰ゲームの恋人ごっこみたいなものに違いないから、手放しにも喜べない。それは仕方ない、と割り切ってはいるものの、ふと気を抜くと告白が成功でもしてこんな風になってるんではないかと思いそうなところだった。


けれど本日はホワイトデー、きっかり一ヶ月前、三倍返しで宜しくね、といった営業スマイルで義理チョコを振りまいていた女子に、本命を渡したらしい子まで、何と無くそわそわとした雰囲気の中、恥ずかしさの中に撃沈した一ヶ月前のことを思い出さない訳にはいかなかった。


「いい加減悪戯ならやめてって言おうと思う」
「ええ?悪戯?」


ばん、とドラマの法廷みたく机を叩いて主張してみると、予想斜め上の反応が返ってきた。特性が適応力なのか分からないけど、私の幼馴染たちは揃いも揃ってすっかり恋人として私とトウヤを認識してくれているようだ。冗談の要素が幾分か含まれてはいるのだろうけど、そこのところは目をつぶることにして、私はとりあえず真面目な声で続けることにする。


「だって流石に私もね、嬉しいは嬉しいけど、悪戯なんだって分かってたらいつまでも流されてられないし」
「まあ…そうよね」


理由もなくっていうのは納得いくものじゃないし、と向かいのトウコもその目の色を真剣なものに変える。これは真面目に聞いてくれてるって雰囲気だ。うんうん、頼れる幼馴染!…


「そんでもって改めて告白しちゃえばいいわ!」


…と思った私の考えが甘かったのかもしれない。確実にまだ面白がっているのが抜けてない。





「…結局いい案は考えてくれないし」


バレンタインの時はあんなにノリノリだったのに、と溜息と一緒に思わず独り言がもれる。中庭の奥の方にある、絶賛私が横たわり中のこのベンチの辺りはあまり人が来ないので、変な人だと思われる心配もない。悩みたい事をつぶやき放題だ!


「うーん、どうやって切り出そう」

「あ、ナマエ。はいこれ、お返しな」

「と、トウヤ!?」


と思った矢先、突然後ろから響いて来た声に私は文字通り飛び起きた。事実は小説よりも奇なりとはまさにこのことかと言わんばかりのタイミングだ。どうしてこの場所が、と急いでベンチから身を起こすと、お見通し、と探偵物のドラマにでもありそうな振りと共に微笑まれた。く、悔しいけど様になっている。


「お返し…ってわざわざ来てまで。教室でよかったのに」
「二人きりの時に、ちゃんとナマエに渡したかったから」


はい、ともう一度その高級そうな袋が差し出される。お菓子業界に精通しているわけなんてないけど、明らかに私の渡したお菓子には釣り合わないのは分かった。何だか申し訳ないけど、くれるって言うんなら、と有難く受け取る。


「ありがとう」
「どういたしまして。で、お礼は?」
「お礼…って?」
「キスとか?」
「な…んで、そうなるの!」


微妙にいい雰囲気だったのに、一気に私の意識は悩み事のことへと引き戻された。やっぱりこれは、非常に宜しくない!なんでも迷ってたらろくなことはないよね。ここは直球勝負、きちんと言わなくちゃ、と私の中の勇気ゲージが急速チャージされる。


「やっぱりトウヤ、最近なんか変だよ!」
「変?」
「そんな、なんていうか…恋人みたいなこと、悪戯でもそろそろ…」
「嬉しくなかった?」
「嬉しい!?」


「だって俺のこと好きなんでしょ」


唐突な言葉に反論の間も無く、すっとトウヤが取り出した淡い水色の四角形に私の目は吸い寄せられた。そ、それは…!なんてことだろう、ゴミ箱行きになったと思っていたバレンタインの時のメッセージカード。で間違いない。なんで!? どうして!?
私が漫画の中にいるなら集中線が書き込まれているに違いないところだ。


「隠してるつもりだったわけ?」
「なんでトウヤが持って…!」
「これは普通にお前がくれたチョコレートケーキの包みに入ってましたが?」


つまり何かの手違いでゴミ箱行きだったはずのメッセージカードが、なんの気紛れかあるべき場所へと入ってしまっていた訳か!と頭では理解出来るものの、その理解に自分が追い付いていかない。あの出来損ないなメッセージカードには、目を背けたくなるくらい直球にトウヤへ、とすきです、の言葉しか乗せなかったはずだ。そんなの誰がどう考えたって別の人と間違えているはずもなく。


「本気で告白してきたのかと思ったら次の日もなんのアクションもないし、気付いてないんだと思って」
「それがなんで恋人みたいなことをするのに繋がるの…!」
「逐一反応するのがかわいいから」
「か、かわいい!?」


やっぱりトウヤの口からそんな言葉が出るなんて、聞き慣れなくて動揺する。と同時に、なんだか恥ずかしさもごちゃ混ぜになった苛々とした気持ちにも苛まれる。


「な、なにそれ、やっぱりからかってるんじゃん!」
「ま、からかってたっていうのは事実だけど…」


嘘でも思ってない奴にそんなこと言わないけど、なんて言われて何とか体裁だけ保っていた私が崩壊していく。これまでの軽い感じのトーンじゃない、昔から一緒だから分かる、真剣に言ってるってこと。


じゃ、じゃあトウヤは、結果的に私の気持ちを知ってる訳だから……これは絶賛期待してくださいって言ってるようなものだよね。付き合う?って聞いてくれたりするのかな、と希望を込めた視線を向けると、トウヤはそれはお見通しっていった風にメッセージカードを左右に揺らす。それから見慣れた意地悪分満点なブラックな笑顔のままに踵を返した。


「でも、ま、返事はナマエの口から聞くまで待ってるから」
「ま、待ってよ!」


ぱちり、目を見開いてわたわたとベンチを立つ。な、なんだってー!?もうまるっと私の気持ちを知ってるくせに、これは……これは完全にからかってるな……!そこが分かってしまうのが何だか悲しい。



蹴躓きそうになりながら慌てて後を追う私が、思いを口に出来るまで、後何秒?





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20140326
カードに気付いて一人で悩んでたけどヒロインが全然平然としているので、気付いてないのかと思ってアタックしてみたら予想外に反応してくれるから立場逆転で可愛いやつだなーと思ってるトウヤくん。と補完ばかりな上に遅れましたがhappy whiteday!
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