2014年2/14!
出来た!の声がキッチンに響いた。ベルが焼きあがったカップケーキを乗せたトレイを頭上に掲げる。危ないわよ!とトウコの声が飛んだ…そんな長閑な午後。
「ごめんごめん…でも、すっごく綺麗に出来たよねえ」
「ナマエのお陰じゃない?」
気持ちがこもってるから、とニヤニヤするトウコちゃんの背中をてい、と叩いて私はもうひとつの方のトレイをとった。うん、こっちも上手く焼けている。確実に私の愛情なんてものではなく、レシピのお陰だけれども。
「ラッピング!しよう!」
「ナマエが照れてる」
「だー!」
二人して楽しそうな幼馴染たちに私は女の子らしくない声を上げた。普段は女子の模範からは随分と外れたところにいせいか、余計からかわれているみたいだ。実際からかわれている。
「にしてもね、ナマエがトウヤにね」
「えー?私は二人ともお似合いだと思うけどなあ」
「そこ!口を動かす前に手を動かすー!」
全く油断も隙も無いと私はラッピングする手を緩めて溜息を吐いた。ああ、なんでこうなってしまったのか…。その答えは明白、私の気持ちがばれて以来、バレンタインで告白だ!と私の預かり知らぬところで二人の計画は進んだらしくて、こうして三人揃ってお菓子作りにいそしむ次第となったのである。応援は嬉しいのだし、こうして集まってわいわいするのも好きではあるのだけれども……やっぱり気を抜くととんでくる面白がっているような言葉の数々はいただけない。というか、私の恥ずかしさメーターというやつが、時折振り切れそうになるのでありまして。
「それよりナマエ、黙々と作業してるけど、トウヤの分のお菓子はつくったの?」
「え、うん、生チョコを……」
「そしたらそれだけ、ケーキと一緒にこっちの袋に入れよ!ほら、これ可愛いよ!」
「う、うん」
「そうそう、差別化をはからないと。で、このメッセージカードに好きって書いて入れるのよ!」
「え!?」
「直接告白する勇気がないなんていうからナマエのために用意しました!」
「そ、そうは言ったけど、それはメッセージカードならいいというわけではなく……」
「はい書く!」
「は、はい!」
「書いてる間、私達が包んでるから大丈夫だよ!」
じゃーん!と効果音とともにトウコが取り出したメッセージカードが私の手の中に収まる。やっぱり嫌だー!なんて許さないわよ、とでも言い出しそうな有無を言わさぬ表情が我が幼馴染ながら怖かった。流石……トウコ……。そんな訳で二人の剣幕(主にトウコ)に押し負けてペンを手にした私は、一人キッチンを出てメッセージカードと睨めっこする。勢いに押されてはいだなんて言ってしまったわけだけれど、全くいい言葉が浮かんでくるはずもなく。キッチンからの話し声が少しずつ遠のいていく感覚がした。
なんて書けばいいんだろうか?トウヤに?多分……私のこと、ただの幼馴染の一人っていう風にしか思ってないだろうトウヤに?
……じゃなくて!!
頭にトウヤのことばかりが浮かんで、一人恥ずかしくなって頭を大きく振る。直接告白はちょっと……と逃げ腰な私にトウコとベルが考えてくれた折衷案だっていうのに、全然上手く出来る気がしなかった。いや、でも、考える時間は沢山ある!
はず、だったのだけれど。
「どう?書けた?」
「書けません…」
「えっ。まだ一言も書いてないの?」
「好きですって書いてって言われたのをそれだけ書いただけ……。あーもう考えつかないし!もう言う!直接言ってやる!!」
「お!言ったわねナマエ!」
私は自棄になりつつ、メッセージカードをぽいっと投げて床に仰向けになる。男前ー!とトウコとベルの沸く声がわっと響いた。嬉しくない。でもそれに背中を押されるように、私はぐっと唇を噛み締めてみる。そうだよ、こんなことで悶々としているなんて私らしくもない。言ってやろうじゃないか!それで今年こそは、今度こそは……脱友人だ!周りの女の子達に負けてなんていられない!
負けてなんて……いられないんだけれど!
「トウヤ!」
「あ、おはよ」
視線が交差するだけで今日はいやに緊張する。挨拶なんて何年も繰り返してきたのに、からっきしこういうことに弱い自分の心臓に心の中で悪態をつく。こんなんじゃ肝心の台詞も噛んじゃうんじゃないだろうか。今から不安でしょうがないのだけれど…。と思っていると、トウヤは目敏く私の持つ紙袋に目を留めた。
「今年も作ったんだな。一つちょーだい、甘いやつ」
「うわっ……自分から催促するの」
「いいだろ別に、毎年くれるのは決まってんだし」
「まあそうなんだけど」
女子の端くれとしてはロマンティックに最後放課後にでも渡したいところだったというのに、予定が大判狂いだ。まあ元々恥じらいの欠片もないような関係性なのだし、堂々と要求してくるのもらしいといえばらしいのだけれども。…今日はちょっと、いや、かなり困ると言いますか。
「なにか?」
「ううん何でも!待って……」
このままそんなことを考えていたら覗き込まれた瞳から全部見透かされてしまいそうで怖かったから、慌てて紙袋の中に手を突っ込む。こんなに早く本番が来てしまうなんて想定外だ。もう少しくらい……心の準備をする時間が欲しかったです、神様!
「は、はいどーぞ」
「わ。なんか今年気合入ってんな。めずらし」
「珍しくないし!私だってやれば出来るんだよ!」
「あれ?でも今年はトウコがナマエと作るって言ってた気がすんだけど」
「きょ、協力を仰いだのは確かですが」
「あー……」
「ちょ、なに!?その把握しました、みたいな顔!」
「え?別に?」
「別にって風じゃないんですけど」
睨めつけてみるとま、なんにせよサンキュ、とトウヤが笑う。私の中のあれこれを掻き乱してしまう笑顔だ。よ、喜んでくれた。良かった……じゃない、違うの!
私には言わなくてはならない使命がある!大見得切ったからには有言実行しないといけない!
「それで、トウヤ、あの」
「ん?」
「ええと……」
口ごもる私を不思議そうに見ている茶色の目がチキンハートにちくちくと刺さる。っていうかこんなところで言っちゃっていいものなの?シチュエーションとして、通学路でってそんなのありなのか。ありなのかな?じゃないし!肝心なのはそんなことじゃない!
「その中のチョコレートケーキ……」
「うん?」
「……もしかしたら生焼けかも!一応レンジでチンして!三十秒くらい!だから学校で食べない方がいいよ!」
「はあ?」
ぽかん、としているトウヤ。それからその表情が崩れて、仕方ないやつ、といいたげな、けれど柔らかく眉を下げたトウヤが視界で動く。ぱちり、瞬きした瞬間に堂々と生焼けの渡すな、とデコピンが飛んできた。
「せめて他のやつには普通の渡しとけよ。そういう無茶振り、俺だからいいけど」
違うの。
トウヤのだって綺麗に焼けているし、というか一番出来栄えが良かったのを選んだし。
「ちょ、なんで泣きそうなわけ」
そんな優しい顔しないで、と言いたくなる。不甲斐ない自分に呆れてるだけ。やっぱりだ、最初から分かっていたことだ。結局、今の関係を壊してまで気持ちを伝える勇気は私にはない。それくらいなら今の温い関係の中に溺れていたい。特別な人にはなれないけれど、幼馴染、として特別な存在であるほうが。
「泣いていない!けして料理が壊滅的だからといって私は泣いたりしない!」
「あー、それはどうしようもない。大丈夫大丈夫、ナマエのアイデンティティーだから」
「私の存在意義をなんだと思ってるんだー!てえい!」
可愛らしいことを言うよりも、心配して損した、という君に威力のない握り拳を突き出す方が、よっぽど私らしい。
きっと君が見ている私も、そんな私に違いないんだ。
包みの奥にしまっておこう
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20140214
happy valentine...?
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