最近フタバタウンに越してきた私に、生まれて初めて好きな人が出来た。名前はコウキくんという。一つ上の彼は隣の町でナナカマド博士の助手をしているのだけれど、ひょんなことからこの辺りを案内してもらってから仲良くなった。


「コウキくん!仕事は終わりました?」
「ああ、うん、あと少し」
「見ても良いですか?」
「いいよ」


微笑んだコウキくんが研究所のデスク椅子を引いて私にレポートの束を見せてくれる。細かな注釈が書き込まれているあたり生真面目な彼らしくて、ついついその出来に目を輝かせてしまうのはいつものことだ。


「凄いです。流石です!」
「誉めても何も出ないよ?」
「出ないんですか?」
「出ません」


小さな笑いを漏らしながらコウキくんが言うので、私は心ばかり唇を尖らせてみる。そしてお互いに視線を交わして笑い合ってから、コウキくんは書きかけのレポートの端を揃えた。


「ここまとめるのだけ終わったら行くからさ、先に行ってていいよ?」
「そんな、待ってます。あ、この辺りの資料ってもう片しても良いですか?」
「うん、でも、僕がやるし…」
「大丈夫です!コウキくんは終わらせるのに専念してください。私は手伝いしか出来ませんから、これだけでも」


それよりなにより、コウキくんにまた町を案内してほしいのは私の方なのだ。こちらにやってきて長いとは言えないものの、短くはない時間が過ぎた。
それでも二人で町を回るというのは夢見がちな私にとっては素敵な出来事だし、コウキくんは毎回私の記憶にない場所を紹介してくれる。
新しい発見をする度に新鮮な驚きと素直な喜びと、それからその時隣にいたコウキくんのことは私の心に深く刻まれるのだ。折を見ては取り出して、幸せな気持ちに浸れるような、そんな大切にしまい込んだ記憶が。


それがきっと重なるほどに、私はずっとずっと…コウキくんに惹かれていくんだろうなあ。


そんなことを思って資料の束をまとめると突然コウキくんが席を引いて立った。隣に並ぶと僅かに見上げるくらいの身長差。


「それじゃあ…」


スローモーションで、だけれど私は動くことも出来ずにその場に立っていた。


「ご褒美です」


突然頭に優しく乗った手のひらに、眩暈に似た感覚が襲う。思わずフリーズした私に、あ、イヤだった?とコウキくんが手を離した。重さの無くなった頭のてっぺんの感覚が名残惜しい、という思いが私の頭を掠める。先程からの冗談の続きだったのか、予想外に真面目な反応をした私にコウキくんは慌てているように見えた。なんというか、頭を抱えて叫びだしたい気分だ。


こんなのずるい。いや、絶対、というか、意識してやっているなんて万に一にもないのだろうけど。そういう行動の一端一端が、全部私を一喜一憂させるから。


「そ、それじゃあ見合わないです」
「ええ!? じゃ、じゃあ…どうしたらいい?」
「今日、前のお店でスイーツ奢ってくれたら…いいですよ」


そっぽを向いて、そんな風に言ってみるとコウキくんが目をぱちりとさせた。そんなのでいいのかとでも言いたげな視線。


「…それで十分です」


それに、私の気持ちも、今は。届いていなくても、側にいられるなら。


いつかきっと片思いだなんて不名誉なレッテル、貼り替えてやりますよ。


心の中でそっと付け足して、私は微笑んで見せた。


今はまだ、夢の途中




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20101109
Thanks request!
七恵様へ
「片思いされているコウキ」

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