夜中のマサラタウンは、どこか物悲しい。都会のようなネオンはなくて、ポケモンの鳴き声がたまに草むらの方から聞こえてくる。上を見上げれば砂糖をこぼしたような星空が広がっていて、流れる風は澄んでいる。欲しいものを手に入れるのも一苦労なこの町だけど、こういう夜の時間は結構好きだ。

「レッドも、そうなんだね」
「ナマエ」

驚いた顔をして、電灯の下、レッドがこちらを振り向いた。明日旅に出るんだって、こんな小さな町じゃ、直ぐに広まる噂だ。しかも唯一の有名人オーキド博士の孫が旅にでるだなんて噂、明日世界が終わるらしい、くらいの興奮でもってこの町には広がる。勿論同い年で背丈もほとんどおんなじ、つまるところライバル同士なレッドもなんだかんだで旅に出ようとするのは目に見えていた。だから、きっと最後の思い出に、星空を目に焼き付けていたに違いない。

「私のこと、連れて行ってくれない?」
「…だめ」
「どうして?」

意地悪な質問をしているのは自分が一番分かっていた。ひとつ年下の私は、明日この町を出ることは出来っこない。指をくわえて、一年間…恐ろしく長い時間を待つしかないのだ。お母さん達は一年が経つのははやいと愚痴るけど、私達にとっては気が遠くなるくらい長い長い一年、なのだ。きっとその内にレッドは真新しい世界に飛び出して、私のことなんか忘れてしまうに違いないんだ。

「昔約束したのに。…ずっと一緒にいるって」

レッドは困った顔をした。知ってる。ずっと私達が小さくて、旅に出る年齢っていうやつがはっきりと、冷たく明確にそこにあるなんて知らなくて、大人になったら旅に出られるんだって思ってたときの戯言だ。今より幾分か悪戯っ子なグリーンにからかわれて、泣いている私の隣にレッドはただ居てくれて、ここにいるよ、と言ったんだ。ずっと一緒にいるから、泣かないで、とか、そういう風に言ってくれた。その暖かい空間が好きだった。

「うそつき…レッドのバカ…」
「ごめん。でも行かなきゃ」

私の我が儘で引き留めるのなんてお門違いだと分かってる。それを知っているから余計にどうしようもなくて、涙が出てきた。レッドが側にいてくれたから、今まで私の涙は静かに空気に溶けていたのに。そんなこと言われたら、ずっと心に溜まっていた悲しい気持ちが溢れてこぼれてきてしまう。

「きっと戻ってくるから。その時は一緒にいる」
「ほんとう?」
「うん」

涙を拭う私の前で、はっきりとレッドが頷いた。しっかりとした強い瞳が星の下で光る。私の目を釘付けにする。そのとき私は理解した。レッドはレッドで…トレーナーとして頑張るつもりなんだ。それなら、一年くらい、私も待っていなきゃ。


***



「…って、言ったの覚えてる?」
「覚えてるよ」
「ほんとう?」
「心配性。ほんとう」

あの日みたいな満天の星の下で、隣のレッドが私の肩に上着をかけてくれた。まだそんなに涼しくないよ、と笑うけど、羽織ってて、と言われたから引き寄せる。

レッドの旅は終わった。マサラタウンを出た二人は各地で名前をあげて、最後には二人ともチャンピオンにまでなって、帰ってきた。再戦を挑まれる二人はつい最近まで慌ただしくて、こんな風に時間がとれるようになったのは先日辺りからだ。あんなに多くの人がマサラタウンにいるのなんて、生まれてはじめて見たくらい。

「これからもずっと一緒にいてくれるの?旅先の可愛い子のところに行ったりしない?」
「しない」

私が冗談半分に言って笑うとぼくは約束は守る主義なんだとレッドは言った。背丈は見ないうちに伸びて、私と並ぶくらいの頭の先が今は見上げるくらいのところにある。そんな些細なことにも気付くと気になってしょうがなくて、視線を星空へと反らしたその時。

唐突にあげる、とレッドが昔から愛用している鞄を開いた。その体躯には、随分小さくなってしまったその鞄。そこから、小さい箱が現れた。

「だから、ずっとナマエといる。一緒にいさせて」
「…も、ちろん」

泣き出しそうな私の言葉に少し顔を傾けてレッドが微笑む。薬指の先で、光を集めたリングが瞬いた。
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