クダリさん!と僕を呼ぶナマエの声が聞こえた、気がした。そんなはずないんだ。だって、今僕は事務室の冷たいスチールの机に上半身を投げ出していて、つまるところふて寝していて。


ナマエの隣で、さも親しげに話すエリートトレーナー。それも、男の。マルチトレイン21両目、どんな腕のトレーナーが来るのかな、なんてノボリにたしなめられつつ急上昇のテンションのまま僕は挑戦者を待っていた。だって今日はたまたまギアステーションに降りてくる ナマエの姿を見かけたから、今日こそダブルトレインで会えるかな、なんて淡い期待をしていたのに。
車両を繋ぐ扉が開くと、その直後にはフィールドを挟んでよろしくお願いします!と目に新しい柄物のワンピースの裾をはためかせ、モンスターボールを構えたナマエがそこにいた。視線を移すと隣にいるのは最近腕をあげているエリートトレーナーの一人で、顔を寄せあって作戦会議なんて始めるものだから僕の笑顔は不自然だったに違いない。全力で迎え撃ちたいところだったけれど、そうもいかずに相手の力量を確かめるいつものセーブをかければ、あっさりと勝敗はついた。感情任せにしなかったあたり、誉められてもいいくらいかなって思ってるんだけど。
これで景品が貰えるね!一緒に行かない?なんて途切れ途切れの会話を残してホームへ降りていく背中を見つめる僕の肩を、慰めみたいに叩くノボリにひらひら手を振って僕も列車を降りた。そのまま事務室に向かって、ベッドにダイブする気分で自分の机に突っ伏す。どうせそうそう仕事は入らないよって言い訳して横向きの室内を眺める。嵐みたいな悪夢が本日ぶんのやる気をまるごとかっさらっていったんだから仕方ない。

あんなに楽しそうに、他の人といるなんて。いつの間に仲良くなったんだろう?最近はクダリさんの車両までいくために頑張ってます、なんて言われて喜んでいた自分がばかみたいだ。こんな終わりかた、酷いや。

でも、とぼんやり霧がかった思考の中で考えると、僕が憤る理由も権利も、ないように思えた。 ナマエが好きだって言ったってそんなのまだ言葉にも出来てないし、 第一僕が知ってるのはここにいる ナマエ だけだ。地上で緑やビルやらに囲まれながら旅をしてるうちに起こる出会いがあってもおかしくないし、寧ろそっちの方が運命的っていうか、仲良くなるはずだっていうか。

悶々と考えていた思考は、どこからかぷつんと途切れていた。


***


「クダリさん…寝てるのかな 」

今度こそはっきり声が聞こえた。思わず体を起こすとわっ、と驚いた声がした。ちらり、目のはしに入るお洒落な柄。

「 ナマエ 」
「あ、起こしちゃいましたか?」

ごめんなさい、と頭を下げる ナマエが寝起きの頭と一致して白昼夢みたいな輪郭で立っている。
いや、でも待って。事務室に一般人は立ち入れないんだし、これは夢なんだろうか、でも夢なら夢でいいや。夢で会えるのって、自分が想ってるだけじゃなくて、相手が想ってくれてるからっていうのもあるんだってね。
そしたら、それなら、いいのに。

「結局…マルチトレインで一番最初に、会ったね」
「はい…恥ずかしながら、私一人じゃ全然勝ち抜けなくて、そうしたら、エリートトレーナーさんが声をかけてくれて」

にこり、微笑む笑顔を壊したくなる。いい人なんです、って絶対違うよ。夢の中でも君はやっぱり人のことばかり話すんだ、僕の気持ちも知らないで。

「本当は自分で勝ち抜いて貰ったバトルポイントじゃなきゃずるだと思うんです。でも、どうしても景品がほしくて…数もないっていうから…」

サザナミタウン行きのチケット、と ナマエが呟いて僕はなんとなく記憶を巡らした。この前ライモン遊園地のチケットが恋人向けなんていって人気景品になって、第二段、とかで誰かが提案していたっけ。ああそうだ、それだ。本当は君があの人と行くのは。

「クダリさん、その日は休暇って聞いて!だから一緒に…」

顔中真っ赤にして ナマエがそう言った。最後まで言い切れなくてぎゅっと下唇を噛んでる姿がすごくいとおしい。ああ、やっぱり夢は都合よく出来てる。それなら言おう、結局面と向かっては言えなかった言葉を。

「ありがと。嬉しい、すっごく好き…ナマエ」
「えっ!!あっ、あの!!」

ついでにその頬に唇を落としてみると一瞬ぽかん、としてから耳まで真っ赤にしたナマエが慌て出す。きっと実際もこんな反応をするんだろうな。

「〜っ、その!!わ、私もですからっ…!」

ばたーん、事務室の扉が音をたててしまって、ナマエの駆けていく背中が素っ気ないアルミみたいなカラーのドアに変わった。

…寝よう。幸せな夢も見たことだし、そろそろ戻らないとノボリが怒るに決まってる。夢の中で寝るなんて、変な気分だけど。

…眠れない。

ぱちり、と目を開けるとノボリが立っていた。僕とそっくりなその顔が、だけど無表情に僕を見下ろしている。

「クダリ。何をしているんですか」
「えっ。こ、これは寝てたんじゃないよ。休息だよ、休息!」
「そんなことを言っても先刻まで寝ていたのは知っています。それより、ナマエさまとお話はしましたか?」

貴方に話があるというので先程此方に通したはずなのですが、という言葉を聞き終えるか否かというところで僕は跳ね起きた。可哀想な事務椅子がくるくる回って壁にぶつかったけど、気にしてる暇はない。

「僕、ちょっと空ける!」

いつから幸せは現実だったんだろう?いつからでもいい、最後のナマエの言葉さえ本当なら。彼女が僕に向けて言ってくれたなら。返事も聞かずに飛び出した僕の頭は、ナマエのことでいっぱいだった。




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20130807
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