Metempsychosis
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ミラ、行き倒れる

依頼は当初の予測通り、その日の夕刻前に終わった。
件の魔物を倒す際、一切手出ししなくて文句を言われ、訓練なんだろう?とミラに訊いて頷かれ、寧ろ感謝されるなんて事もあったが、取り合えずは滞りなく済んだ。

依頼人に報告を終え、何となく惰性で4人一緒に海停を歩き始めた時だった。
それまでは普通に歩いていたミラが、糸の切れた操り人形のようにばったりと倒れたのは。

「ちょっ!?」

倒れたミラにジュードが慌てて駆け寄る。
無理に動かさずに額に手を当てたり脈を測る様はやけに手慣れているように見えた。

「熱は無い…。どんな感じ?」
「…力が入らない」

ジュードが訊くと、ミラはどこかポカンとした様子で答える。
その時、

ぐぉぉぉ……

そんな音が盛大に響いて、

「「「……………」」」

何とも言えない沈黙が3人を支配した。

その音が何かなど、誰に訊くまでもなく、腹の虫の大合唱。
いっそ見事と言える行き倒れっぷりである。

「ねぇ…、ちゃんとご飯食べてる?」

沈黙を破って訊いたジュードへのミラの答えに、カンタビレは目を剥いた。

「食べた事はない」
「はぁ?」
「…一度も?」

そんな、まさかと思うこちらを余所に、ミラは普通に頷いて言う。

「シルフの力で大気の生命子を…ウンディーネの力で水の生命子を…」
「何、言ってんの?」
「同じく、意味が解らないんだけど?」

シルフとウンディーネは解るが、生命子とは何だ?とカンタビレはアルヴィン共々首を傾げた。

「栄養を精霊の力で得てたって事」
「はぁ?」

ジュードがさらっと答えてくれた。
しかし、カンタビレは更に首を傾げたのだが、

「これからは、ちゃんとご飯食べなきゃね」

流された。

と、

「そうか…。これが空腹というものか。ふふ。興味深い」

何故だろう。
地面と仲良くしながら笑う美女の図は、なんか怖い。

カンタビレは何となく一歩退いた。

「じゃあ、今日は宿で休むか。そう言えば、俺も腹減ったよ」

嘆息したアルヴィンに促され、4人は宿屋へ向かった。



「いらっしゃい」
「4人だ。とりあえず、すぐに食事だけ貰っていいかい?」

愛想良く出迎えた受付の男にアルヴィンが言うと、男は途端に申し訳無さそうに眉を垂らした。

「すまないね。料理人がまだ来てないんだよ」

何で、と思って、カンタビレはすぐに納得した。
今は夕方と言うにはまだ早い時間。
恐らく本格的に忙しくなる夕食時までは休憩時間なのだろう。
こちらのタイミングが悪かったようだ。

「……おいおい」

突然慌てて始めた男の視線を追えば、カンタビレ達の後ろでフラフラ〜とうなだれるミラがいた。
これに見かねて、ジュードが男に言う。

「だったら、厨房を使わせてもらっても良いですか?」
「連れさん、ぶっ倒れそうだしな。好きにしてもらっていいよ」

そう言って快く厨房を指差した男に礼を言って、ジュードは扉の向こうに消えた。

そして残されたカンタビレとアルヴィン、そして宿屋の男は、

「腹と背中がくっつく…。ふふふ。そんな事は不可能だが、なる程、体験すると、この言葉がよい表現だと感じる。ふふふ」

ぐぉぉぉ……

「「「………」」」

響き渡る腹の虫。
うなだれながら独りで笑っているミラ。
……やっぱり、なんか怖い。

そんな共通の思いを各々の胸にしまい、ふふふ、ふふふ、と笑い続けるミラを一歩退いて見ているしかなかった。



執筆 20120408
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