Metempsychosis
Material Note

遺された者達

母が亡くなった。

突然だった。

邵可と静蘭は自室に籠もっている。
今、この邸で起こっている事にも、気づいてはいないだろう。

愛鈴もまた、眠っている秀麗の傍らに座り、彼らの行いをただただ見ていた。
その表情には何も映ってはいない。
愛鈴は「どうでもいいものたち」が消え去るのを、静かに待った。

「ねぇさま?」

秀麗が起きた時には、全て終わっていた。
もうこの邸には何もない。
金目の物は全て彼らが持ち去った。
母の形見も、何一つ、残ってはいない。

「秀麗、私はごはんを作ってくるから、大人しくしているのよ?」
「はぁい」

いいお返事をした秀麗に優しく微笑み、小さな頭をいいこいい子と撫でて愛鈴は庖厨に向かった。

四人しか居なくなっただだっ広い邸は、閑散として静寂に満ちている。
自分の足音だけが響く廊下をほてほてと進み、到着した庖厨は荒れ果てていた。
愛鈴は視線だけで庖厨の状況を確認し、溜め息一つ吐かずに掃除を開始した。

まずは床に散らばった食器を、適当な袋に纏めた。ついでにまだ使えそうな食器の発掘に成功する。
枚数は少ないが、家族四人が使うには充分だ。

どうにも出来(る訳が)ない倒れた食器棚はそのままに、食料の確認をする。どうやら手付かずだったらしく、愛鈴は少し驚いた。
まぁ金目の物に一生懸命で気が回らなかっただけだろうけれど。

さて、いざ料理をしようと気合いを入れたが一つ問題が。

「火って、どうやって熾すのかしら…?」

見たことがある気がするがイマイチ良く思い出せない。
とは言えうんうん唸っていても始まらないので、とりあえず唯一思い付いた原始的な方法をやってみた。
しかし子供の力でどうにかなる訳もなく、手のひらの皮が剥けるだけの徒労に終わる。
早々に諦めてお向かいさんに火を貰った。
静蘭含む紅邵可一家はご近所付き合いが良好だった事による人望の賜物だ。

そんなこんなで何とか火を確保すると、急いで料理を再開する。
米を研ぎ、火にかけるのはすんなり出来た。
続いて汁物を作ろうと、子供の手には随分と重く感じる包丁で野菜を切る。

と、トタトタと軽い足音が聞こえた。
ひょっこりと廊下から庖厨に顔を出したのは秀麗だった。
気付かなかったが随分と時間が経っていたようで、部屋から出てきてしまったようだ。

「ねぇさま、しゅうれいもてつだうー」

そう言って、いそいそと椅子に登った秀麗は、既に切られていた野菜を鍋に一つ一つ放り込んでいく。

「ええ…そうね。一緒にね…」

小さな体で頑張って手伝ってくれる秀麗に、愛鈴は頬が緩むのを感じた。

その後、米が炊けるまでに洗濯をしてしまおうと思った愛鈴は、軽鴨よろしく後ろにぴったり付いてくる秀麗と共に井戸へ向かった。

結果、洗濯に夢中になり過ぎてしまい、ハッと思い出した時には米も汁物も素晴らしい出来になっていた。
愛鈴は庖厨の換気をしつつ考えた末、最早焦げた煮物となり果てた汁物に水を足し、塩をぶち込んで遠い目をした。
ご飯は食べれる部分が残っているし、汁物も苦いより塩辛い方がまだマシよね…とか思っていた。

粗末な出来の食事をいつも食事していた部屋へと運び終え、愛鈴と秀麗は2人を呼びに向かった。

「いい?秀麗。姉様が言った通りにするのよ?」
「はい、ねぇさま」

これまた良いお返事をした秀麗の頭を撫でて、愛鈴は静蘭の、秀麗は父、邵可の部屋へと近づく。
コンコンと扉を叩き、呼び掛けたが返事はない。
愛鈴は構わず扉を開け、暗い部屋の中央でただ呆然と立ち尽くす静蘭に歩み寄り、

───べしぃっ!

…思い切り、平手で尻を叩いた。
子供の手にしては非常に良い音を立てたと愛鈴はちょっと満足気だ。

「!?…愛鈴、お嬢様…?」

突然の事に思考が戻ってきたらしい静蘭が、未だに光のない、混沌とした瞳を愛鈴に向けると、愛鈴はにっこりと泥だらけの顔で、姿で、微笑んだ。

「お夕飯が出来たわ。皆で食べましょう」
「お夕飯…?」
「ええ」

意味が頭に浸透しない様子の静蘭に構わず、その手を取って強引に部屋から連れ出す。
と、秀麗も上手に邵可を連れ出せたようで、廊下に出てきた。

食事を見た2人は絶句した。
踏み荒らされ、金目の物の無くなった邸。
倒れた家具と片隅に纏められただけの陶器や皿の破片。
焦げたご飯。
濁り、煮物と化した汁物。
泥だらけの2人の少女。
何故?
簡単だ。
きっと2人で井戸の水を汲み、洗濯をしたんだろう。
2人は強烈な後悔に打ち拉がれた。
ああ、私達は、何をしていたんだ…!

愛鈴は、初めての料理を食べながら誓った。

「…次はもっと上手く作るわ」

その誓いは小さくて、誰にも聞こえなかった。

「もっと沢山の事を出来るようになるわ」

だから、どうか…

「見ててね、母様」



再執筆 20081005
ひっさびさですー!
四苦八苦しながらではありますが、ちゃんと書き上げられて良かった…(Q_Q)↓
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