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Material Note

小さなお茶会

「おいそがしいなか、わたしのわがままにおつきあいいただき、ありがとうございました」

そう言ってぺこりと頭を下げた愛鈴に、鳳珠は膝を着いて幼女の柔らかな髪を撫でた。

「いや、私も有意義な時を過ごせ、楽しかった。ありがとう」

そう言って優しく微笑んだ鳳珠に愛鈴もまた微笑む。
と、愛鈴は何か思いついたように手を伸ばし…────。



最近にない良い気分で紅邵可邸を後にした鳳珠が軒に戻ると、そこに変態の姿はなくなっていた。

御者に訊けば、突然呻きながら走り去ったと言う。

確かに奴にはかなり刺激が強かったかもしれない。

青醒めた顔色に心底同情しつつ、鳳珠は御者に労いの言葉を掛けた。



鳳珠は帰宅すると真っ直ぐに自室へと向かった。
良い気分は未だに鳳珠を満たしていて、家人達の物言いた気な様子には気付かずに。

そうして辿り着いた自室の扉を開けて、鳳珠は仮面の下でその秀麗な眉をぎゅっと寄せた。

「……此処で何をしている、紅黎深」

冷たく響いた鳳珠の声に、侵入者たる紅黎深はふんっと鼻で嗤い、言った。

「やけ酒」
「出て行け」
「断る」

ふーんだと言わんばかりに顔を背けた黎深に、鳳珠は拳を握る。

何だコイツ本気で殴りたい。

そんな鳳珠の内心に構わず、黎深はぐいっと酒を飲み干す。
本当にやけ酒のようだ。
何だか馬鹿馬鹿しくなってきて、鳳珠はひとつ嘆息してから黎深の対面へと腰掛けた。
と、

「鳳珠」
「何だ」
「何故…」
「……」
「あああの、あの、あの子の」
「愛鈴だろう」

言わんとしている事は伝わって来るが、どもり過ぎて意味分からん。
そう思って名を口にしたのが良くなかったらしい。

「あああの子を…愛鈴を呼び捨てにするなっ!」

急降下した沸点と急上昇した怒りがぶつかり合って、八つ当たりという大爆発が起こってしまった。

「……」
「しかも、ああ、愛鈴の前でその凶器を晒しやがって!」

お前本当に紅家か?と問いたくなるような荒い口調に呆れながら、これからまだまだ続きそうな八つ当たりを聞き流して小さなお茶会を振り返った。



今思えば、随分変わった娘だった。
紅愛鈴という幼女は。

あまりに何の反応も無いので、仮面に気づいていないのかと思っていた。

しかし、出されたお茶を飲む為に、パカリと口元だけ開いた仮面を見るなり、子供らしからぬ穏やかな色を称えていた瞳が、キラキラと興味に輝く。
初めて年相応に見えた瞬間だった。

「そのかめん、みせていただいてもよろしいですか?」
「仮面を?まぁ、構わんが…」

あまりにキラキラした瞳で見つめられ、鳳珠は深く考えずに仮面を外して愛鈴に手渡す。

すると、愛鈴は渡された仮面をぽーんと放り出し、じっと、じぃぃぃいっと鳳珠を見つめだした。

「……、…!」

瞬く事数回、漸く現状を正確に認識した鳳珠は、俄かに青褪める。

「……ほうじゅさまは、ひとみもとてもおやさしくていらっしゃるんですね」
「……は?」

鳳珠の内心とは裏腹ににっこりと微笑んだ愛鈴の言葉に、思わず目を点にしてしまった。

「…………大丈夫なのか?」
「? なにがですか?」

今度は愛鈴がきょとりと目を瞬かせる。
その瞳は意味が分からないと言っている。
それだけで、鳳珠の胸はじんわりと温まった。

そして漸く、先程の言葉を理解する。

ふわりと、頬が緩む。

鳳珠の顔に浮かんだそれを見て、愛鈴もまた嬉しそうに微笑んだ。



やがて小さなお茶会を終え、鳳珠は帰るべく門扉へと向かった。

辿り着いたそこで一度足を止め、見送りに来たフィエラを振り返る。

「おいそがしいなかおつきあいいただき、ありがとうございました」

そう言ってぺこりと頭を下げた愛鈴に、鳳珠は膝を着いて幼女の柔らかな髪を撫でた。

「いや、私も有意義な時を過ごせ、楽しかった。ありがとう」

そう言って優しく微笑んだ鳳珠に愛鈴もまた微笑む。

と、愛鈴は何か思いついたように手を伸ばし…────。


ちゅ。


可愛らしい音と同時に、鳳珠は頬より少し下に感じた柔らかな感触に目を瞬いた。

当の本人は満足気ににこにこと微笑んでいる。

「いつのひか、ほうじゅさまがかめんをはずせるひがきますように、いのっております」

その日が来る事を確信しているかのような、不思議と心強い言葉。

幼い娘相手におかしなものだと思わない訳ではなかったが、そんな考えは愛鈴を前にしたら塵と消えた。


ーーーーーー…ちゅ


額に感じた柔らかな感触に、今度は愛鈴が瞬いた。

「…………ありがとう」



「──…ぃ、おい!聞いているのか、鳳珠!!」

喧しい声にそちらを見て、鳳珠はいたく後悔した。

折角良い気分だったのに、台無しだ。

「…五月蝿いぞ」
「五月蝿いだと!?」

頭痛を感じてこめかみを押さえて言えば、火に油だったようで、黎深は一層激しく鳳珠に八つ当たりをする。

「大体!何であああの愛鈴の前で凶器を晒しやがったんだ!」

ああ、さっきもそんなような事を言っていたな。
どこか他人事のように思い出して、ふと、鳳珠に悪戯心と言うか、ちょっとした意趣返しをしてやろうと言った考えが首を擡げた。

思い付きとは言え、なかなか良い考えだ。

鳳珠は仮面を外すと、ふっと余裕の微笑を浮かべて見せる。

「愛鈴にねだられたんだ。断れまい」
「愛鈴のおおおおねだりっ!?」

黎深はとってもとっても痛手を受けた。

ヨロヨロと椅子にへたり込むなり、再び酒をグイグイと飲みだす。
現実逃避を決め込むつもりか。

心底面倒臭そうに鳳珠が溜め息を吐いた時だった。

いつの間にか黎深が目の前に立っていて、ぐわしっと鳳珠の肩を掴んだのは。

「!?」
「………此処に」

ぼそりと呟いた黎深の口角がゆっくりと持ち上がり、スルリと顎を撫でられる。
ニタリとしたその笑みと妙に艶めいた撫で方に、鳳珠は全身にぶわっと鳥肌立った。

何かマズい気がする。

「……此処に、愛鈴の唇が…ふ…ふふふふふふ…」

ゆっくりと近づくデレ顔変態酔っ払い黎深の顔に、鳳珠は瞬時に動いた。
鳳珠が取る手段はただ一つ…ーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーー…全身全霊でぶっ飛ばした。

「やめろ!こんの馬鹿が!!」




再執筆 20090214



あとがき

今日バレンタインなのにこんな話書いてていいんかな?とか思いつつ。
かなりひっさびさに彩雲復興ですわ。
このお話は旧「いんどあ派」時の5000hit御礼企画で書いた品なんですが、なかなか復興執筆出来なかった+置き場に困ってたんです。
まぁ続き話だからって事で、こちらにアップします。
ではでは、皆様にお楽しみ頂ける事を祈りまする(__)
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