Metempsychosis
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暇なひととき

麗らかな天気に恵まれたある日、愛鈴は一人、庭の東屋でお茶を飲んでいた。

両親は薬湯作りと書いて破壊活動と読む作業(逆でも可)の真っ最中だし、静蘭は体調を崩して臥せってしまった秀麗の世話をしている。

そんな時に何をやってるんだと思われたかもしれないが、静蘭に手伝いを申し出たら、薬湯作りは危ないし秀麗も大丈夫だからと笑顔で断られた。

目の保養にはなったが二の句は継げず、すごすごと退く羽目になったが目の保養にはなった。

仕方がないので家人に茶の準備を頼み、庭でお茶を飲む事にしたのだ。
茶を持ってきた家人はなんかボロボロだったが気にしない。

そんな訳で愛鈴は東屋にいる。
桜の花びらが舞い散るのを眺めつつ、まったりとした時間を過ごす。
そして、また一口お茶を飲んで、ほぅっと息を吐いた時。

「あら?」

何処かから、何とも言い難い感じの、そう、【もったり】とした空気が漂ってきたのを感じ、愛鈴は首を傾げて【もったり】が漂ってくる方を向いた。

結論だけ言えば、何も無かったし、何も居なかった。
塀の上で何かがびょっと引っ込んだ気がしたが、見たところは何もいない。

不思議に思いながらも愛鈴は一人茶会を再開した…のだが。再び【もったり】はやって来た。
これまた再びそちらを見たが、やはり何もいない。

その後、何度も【まったり】【もったり】を繰り返し、何度目かの【もったり】を撃退した時、愛鈴はむぅっと頬を膨らませた。

精神的歳の功で気は長いが、そう何度も【まったり】を邪魔されてはイラッとする。
そして再び【もったり】を撃退した愛鈴は、すくっと立ち上がって門扉へと歩き出した。



今、心底帰りたいと思う。

「ああ…花びらが舞い散る中に佇む愛鈴…何て可愛らしい…くっ…」

心の底から帰りたい。

「ハッ…あ、危なかった…まだ心の準備が…ぶつぶつ…」

ホントもー何やってんだ自分。
ちゃっかり逃げ仰せた悠舜が恨めしい。

軒の上に這いつくばって邸の中を夢中で覗く黎深に、鳳珠は冷めきった視線を投げ掛けたが気づいた様子はない。

「いい加減にしろ」
「五月蝿いぞ、鳳珠。邪魔をするな」

だったら黄家(うち)の軒ではなく紅家(自分ち)の軒でやれ。

その言葉を何とか飲み込んだ鳳珠は、深い深い深い溜め息を、また一つ吐いた。
その時、

「こんにちは」

突然聞こえた挨拶の言葉にそちらを見れば、門扉に愛らしい幼女が立っている。

軒の上に這いつくばる黎深はビギッと音を立てて固まった。

「…こんにちは」

数拍の間の後、鳳珠が挨拶を返せば、幼女はにっこりと笑った。

「わたしは こう 愛鈴ともうします」

自ら名乗り、まだ拙い礼をした幼女に、鳳珠は感心した。
この家の躾の良さが窺える。
幼女に軒の上に這いつくばっている変態が見えないのはこの上ない幸いだ。

頭を上げた幼女は、今度はこてんと首を傾げた。

「わがやしきに、なにかごようですか?」

今度はグッと返事に詰まった。
詰まらない訳がない。

軒の上から邸を覗いていた変態な奴に付き合わされたなどと言える訳ないだろう。
知り合いだと思われたら人生終わる気がする。

しかし何とか返事をせねば。

「いや…」
「?」
「用事はもう済んだ。もう帰るところだ」
「そうなのですか?」

苦し紛れながらもなかなかな返事が出来たと鳳珠は内心ホッとした。

と、愛鈴が思いついたとばかりにポンっと手を打った。

「もし、おじかんがおありでしたら、おちゃでもいかがですか?」

直後、鳳珠の後頭部に嫉妬の塊がぶち当てられたが、当然無視した。
だったら今すぐ名乗れ。

しかし誘いを受けるのに気が引けるのも事実。

「いや、しかし…」
「だめ、ですか…?」

傷つけぬように断ろうと考えを巡らせていた鳳珠は、すぐに諦めた。
こうも残念そうに言われては断れまい。

そうして愛鈴に手を引かれて鳳珠が門扉をくぐった後には、軒の上で膝を抱えていじける黎深と、この場で一番不幸であろう哀れな御者が残された。



「ふふふ〜」
「愛鈴お嬢様?ご機嫌ですね」

庭から上機嫌な鼻歌混じりに戻ってきた愛鈴に静蘭が尋ねると、愛鈴は輝く笑顔で答えた。

「がんぷくしたの」
「は?」

虚を突かれた静蘭を残し、弾む足取りで愛鈴は去ってしまった。

がんぷく?もしかしてあの『眼福』だろうか?いやまさかそんな。愛鈴お嬢様が「眼福」だなんて。はははは。

静蘭は賢明にも聞かなかったことにしたとかしないとか。




再執筆 20080716
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