Metempsychosis
Material Note

笑顔の時間

多岐が愛鈴に転生して、数年の年月が経った。

その間に幾つか解った事もある。

まず、あの若者が自らの叔父にあたるらしい。
その時の愛鈴の心情は筆舌に尽くしがたいので割愛する。
否、是非とも割愛させて下さい。

次に、多岐の母によく似た女性は愛鈴の母だった。
その時の心情もまた筆舌に尽くしがたいので割愛する。
書ききれないから。


二年程した頃だろうか。
妹が生まれた。
秀麗と名付けられた赤子は非常に可愛らしかったので、(自分の身体年齢はさて置いて)頑張って世話をしようと愛鈴が堅い決意をしたとかしないとか。


あと、茶州という地で少年を拾った。
両親がシ 静蘭と名付けた。
非常に美少年なので、愛鈴にとっては良い目の保養になっている。


旅を続けていた一家が紫州という地に落ち着いたある日のこと。
愛鈴は自分を抱っこしている静蘭の顔を、じっと、じぃぃっと見つめていた。

見つめているのは愛鈴だけではなく、父も母も秀麗も、じぃぃっと静蘭を見つめていた。

非常に居心地が悪そうな静蘭を助ける者は、此処にはいない。

暫くして、焦れた愛鈴が静蘭の腕の中でもぞもぞと身じろぎすると、未だにむにむにしている(子供なのだから当然だが)両手を、静蘭の口元に当てた。

「? 愛鈴お嬢様?」

美形は声もいいのねーとか、この歳でお嬢様はちょっとねーとか思いつつ、愛鈴は両手をそのままに、頑張って身を起こした。

ーーーーーーーー…にゅいん

「んなっ!?」
「おお、よくやったぞ愛鈴!」
「静蘭はなかなか笑ってくれないからねぇ」
「せーらぁ」

愛鈴の手によって(無理矢理)笑顔になった静蘭を見て、母も父も喜び、秀麗もにこにこと嬉しそうに笑った。

かく言う愛鈴も、美形の変顔に大いに笑っていたりする。
自分のせいとか知った事ではない。

そのままにゅいにゅいと手触りのいい頬を突ついていた愛鈴は、静蘭の口元が緩んでいるように感じた。

パッと手を離して見れば、やはり静蘭は微笑んでいた。

「愛鈴は静蘭を笑わせるのが上手じゃな」

その言葉にようやく自分が笑っていたのだと自覚した静蘭は、真っ赤になった顔を隠すように愛鈴を邵可に渡し、お茶を淹れてくると言って部屋を出て行った。

「照れてしまったようじゃな」
「ふふふー」

楽しそうに言った母と目を合わせ、愛鈴も楽しそうに笑った。

庖厨に逃げ込んだ静蘭は、真っ赤な顔を冷ますように深呼吸する。

あのあたたかな空気は自分に溶け込むように侵入してくる。

嫌ではない。

しかし、幼い子供たちを見て想うのは、置いてきてしまった大切な人。

ーーーーー自分だけが幸せになっていいのだろうか。

ーーーーーあの子は今も尚、あそこで独りなのに。

ーーーーーでも、自分を包む空気はあたたかで、抵抗することなど…

「静蘭、どうしたんだい?」

ハッとして静蘭が戸口を見れば、愛鈴を抱っこした邵可が立っていた。

随分と長い時間考え込んでしまっていたらしい。

「い、いえ。何でもありません、旦那様。すぐにお茶の用意をしますので」

そういえばお茶を淹れるのは初めてだと思いつつ、湯を沸かし、茶を淹れる。

「…静蘭、茶葉は湯のみに直接入れず、急須に入れるものだよ?」
「え!?」

他ならぬ邵可に指摘された静蘭が慌てているのを見て、愛鈴はクスクス笑う。

あとから母と秀麗もやって来て、庖厨は柔らかな空気に包まれた。




再執筆 20080716
- 3 -
Prev | Next

Back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -