Metempsychosis
in Tales of Graces f

Travailler

バロニアに来てから4年。
多岐はフィエラと名乗り、バー・タクティクスで住み込み店員として働いていた。
持ち前の柔和な人柄で、常連客とも慣れた会話をするようになっていたが、一定の距離は崩さない日々。

そんなある日、昼間はカフェとして開店しているタクティクスに、常連客であるマリク・シザースが、生徒だろう1人の青年を連れて来店した。

「いらっしゃいませ。珍しいですね、昼間にいらっしゃるのは」
「ああ、今日はコイツの叙任祝いでな」
「あら、そうなんですか。では、……?」

そう言うマリクに青年へと目を向けると、青年は何故かフィエラを凝視している。
マリクもそれに気づき、からかうようにニヤリと笑った。

「どうした、アスベル?フィエラが美人で見惚れたか?」
「なっ!?ち、違、わないですけど、あの、!」
「あら、ありがとう。でも、マリクさん。また若い方をからかって…可哀相ですよ」

途端に真っ赤になって慌てる青年、アスベルににこりとほほえんで、フィエラはマリクを窘める。
彼は部下や生徒を時々連れて来るが、若者をからかって楽しむのは悪い癖と言えよう。
…アスベルが真面目でからかい甲斐がありそうなのも解るのだけれど。

「アスベルには礼を言って、俺はお叱りか?」
「あら。からかう為に褒められても嬉しくないのですけれど?」
「それもそうだな。だが、フィエラがいい女だと思うのは本心だぞ?」
「あら、ありがとうございます」

しれっと口説くような台詞を吐くマリクに、フィエラはにこりと笑って受け流した。
しかし、当人達にとってはいつもの事なのだろうが、聞いているアスベルの方が赤面してしまうような会話である。

お、大人だ…!!

そう思っているアスベルはそっちのけで、マリクがとりあえず乾杯するかと自分の酒を注文した。
しかし、アスベルはまだ18歳なので、タクティクス特製のアップルグミジュースでの乾杯となったけれど、それでもアスベルは十分に嬉しそうである。

「それではアスベル・ラントの正規騎士叙任と、その活躍を祈って…剣と風の導きを!」
「剣と風の導きを!ありがとうございます、教官!今後ともよろしくご指導お願い致します!」
「今日は無礼講だ。どんどんやってくれ」

ウィンドルの慣わしである音頭でもって乾杯をし、揃って1杯目を飲み干した2人に、フィエラが間を置かず2杯目を差し出すと、アスベルと目があった。
またじっとフィエラを見ていていたようだ。

「あら、私の顔に何か付いてるかしら?」
「あ、いえ!すみません、じろじろと…」
「それは構わないのだけれど…」
「さっきもフィエラを見ていたが、何か気になる事でもあるのか?」
「あ…はい…」

マリクに聞かれ、随分と歯切れ悪く頷くアスベルに、言いたくない事ならば無理に訊くつもりはないが、と、マリクと顔を見合わせる。

「…友達に、似てるんです。顔もですけど、雰囲気が…」

ぎゅっと握る拳からも、彼がその友達を亡くしてしまったのだと悟って、マリクは黙って酒を飲んだ。
フィエラも静かに目を伏せる。

「俺は、友達を守れなかった…。だから、早く一人前になって、もっともっと強くなりたいんです」

大切な人達を守れるように。

そう言った彼の瞳は真っ直ぐで、しかし、早く早くと確かに焦っていた。

「何事も焦ってはいい結果を生まない」
「ですが、ぼやぼやしている間に大切なものを失うかも知れない。そう思うと…。故郷を出る時に誓ったんです。もう誰も失いたくない…その為に強くなるって…」

それをマリクが冷静に指摘するが、アスベルは首を振る。
分かっていても余裕が無いのだろう。
若さあっての事だと、マリクはそれ以上押し付ける事もなかった。

「…誰かを守る強さ、か。お前が騎士になる事で誰かを守れるなら、それはとても喜ばしい事だ。しかし、騎士になっただけでは守れぬものもある事を覚えておけ」

騎士なんて所詮は肩書き。
更には、騎士であるからこそ大切なものを失う時が来るかもしれない。

それを忘れてはいけないと、アドバイスも忘れない。

神妙に頷いたアスベルに満足そうに笑い、マリクはジョッキを揺らした。

「さぁ、アスベル。これはお前の為の宴だ。たくさん食えよ」
「………はい!」

そんな2人から静かに離れ、フィエラは給仕の仕事に戻る。

そうして言葉通りたくさん食べたアスベルとマリクを見送ると、タクティクスは休憩時間となる。

休憩室に置いてあった小さなトランクを手にした時、タクティクスのマスターが入ってきた。

「フィエラ、お疲れ様」
「マスター、お疲れ様です」
「これが、今日までの給料だ」
「ありがとうございます」
「それにしても、寂しくなるなぁ…」

ガルドの入った袋を渡したマスターにしみじみと言われ、フィエラは苦笑する。

「長い間、お世話になりました」
「こちらこそ、随分と助けられたよ。メニューの幅も広がったしな」

そう感謝されて悪い気はしない。
思わず微笑むフィエラは、今日でバロニアを去る事を決めていた。
昨今は亀車が広範囲に普及していて、移動に困る事もない。

「今日中に、バロニアを出るつもりです」
「そうか…。行き先は決まっているのか?」

問われ、フィエラは少し考えてから頷いた。

「ラントに、向かおうと思っています」
「ラントに?」
「はい。穏やかな気風だと訊いたので他にも色々と見ながら、ゆっくりと向かおうと思います」

最後に改めてマスターに礼を言うと、フィエラはタクティクスを、首都バロニアを去った。




執筆 20110614

travailler = [仏]働く

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