Metempsychosis
in Tales of Graces f
Nervous...side Malik
数日振りに来店したバー・タクティクスからは、フィエラの姿だけが忽然と消えていた。
「辞めた?」
「ええ。先日マリクさんが生徒さんを連れて来た、あの日までで」
かなり止めたんだが、意志が堅くて駄目だった、と言うマスターの声は、右から左に流れて消える。
厨房で軽食を作る事も多かったフィエラは、常にカウンターの中にいた訳ではない。
マリクが来店した時にも、顔を見ないまま帰る事も珍しくなかった。
だと言うのに不思議なもので、いざ辞めたと言われてしまうと、少なからず寂しさを覚えて。
「そう、か…」
ただ呆然と、1人欠けたカウンターを見つめていた。
そもそもフィエラとの付き合いは、バーの客と従業員…常連であった分、他の客よりは近い距離にあると言えるかも知れないが、フィエラにとってはそれ以上でもそれ以下でもないだろう。
しかし、マリクにとっては少し違った。
周囲が"天然タラシ"と称するマリクは、女性に惚れられる事が多い。
マリク自身、気をつけようにも何故惚れられるのかの自覚もないので予防も出来ず、自称恋人の増殖に辟易していた頃、マスターに新しい従業員と紹介されたのがフィエラだった。
正直な話、新人が女性である事に若干の不安を覚えた。
天然タラして女性従業員に惚れられて、お付き合いを断ったら辞めてしまうという事が、過去に幾度もあったからだ。
その度にマスターからは苦笑混じりながらも文句を言われたものだ。
自意識過剰と言われるかもしれないが、今回は惚れられないように気をつけようと、女性に餓えた騎士団の連中が聞いたら激怒するだろう事をマリクは最初思っていた。
が、しかし。
いくらマリクが気をつけようと、酒が入れば多少なりとも気も弛むもの。
フィエラが勤め始めて何度目だったか、ポロリポロリと零れた言葉に、マリクではなくマスターが慌てた。
何を言ったかは覚えていないが、やれやれとばかりに頭を抱えたマスターを見れば嫌でも気づく。
しかし、ハッとして慌てて口を閉ざしたが、時既に遅しで。
ああ、またか…またなのか…。
そう思いながらフィエラを見やって、驚いた。
彼女は微動だにしていなかった。
頬を赤らめもしなければ、動揺もしていない。
マリクが天然タラす前と何ら変わらず、酒場に不似合いと思う程、柔らかくにこにこと微笑んでいて。
後にマスターと2人で、フィエラは自分達が思うより、ずっと大人だったらしいと話したりもした程の余裕っぷりだった。
それはあくまで切っ掛けだったと思う。
しかし、それ以降、マリクが変に気負う事なく自然体でいられるようになったのは、紛れもない事実。
(お陰で天然タラシに歯止めが効かなくなったのも事実だったが)
考えてみれば、実に単純な事だ。
単純に、フィエラといるのは楽だった。
ただそれだけの話。
「それにしても、何でまた急に?」
「バロニアは十分堪能したから、そろそろ他の街に行ってみたくなった、そう言ってましたよ」
とりあえず、次はラントに行ってみるとも言っていたと言うマスターに相槌をうちながら、マリクはふと湧いた違和感に眉を寄せた。
フィエラはそんなに、積極的なタイプだっただろうか?
そもそも、こんな去り方…マスター以外に挨拶も無いなんて去り方をするような性格ではなかったと思っていた。
これでは、まるで…。
「………まさか、な」
そこまで考えて、最近の自分はどうにもツイてないなと思って、自嘲した。
柄にもなくナーバスになっている。
最近になってアスベルが騎士学校を辞めたり王位争いがあったりと色々と騒がしくなった所為で、疲れているのだろう、と自分に言い聞かせて、マリクは酒を煽った。
そう、気のせいだ。
フィエラが、まるで、
最初から存在しなかったかのようだと思った事も、
気のせい、なのだろう。
執筆 20110614
nervous = [英]気が弱い、神経質な
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