Metempsychosis
in Tales of Graces f

Desear...side Asbel

リチャードから溢れ出した光と、ソフィから溢れ出した光がぶつかり合う。
その余波は凄まじく、庭の草花や街の木々が、嵐などとは比べ物にならない程の激しい突風に襲われて軋む。
自分とヒューバートに影響が無いのは、偏にソフィの光の中にいるからだろう。

「……がっ」

一際ソフィの光が強くなると、リチャードは大きく弾き飛ばされ、領主邸の外に聳える岩壁に叩きつけられ、地に落ちる。
荒い呼吸とすぐに立つ事もままならないからには、かなりの重傷を負わせてしまった筈。
それでも、ソフィを憎悪も露わに睨むその瞳だけは、やけに爛々と輝いて見えて、

「リチャード殿下!」

兵士を数十人連れたデール公がリチャードを助け起こし、撤退を命じなければ、彼はその身を引き摺ってでも戦おうとしたかもしれない。

そう思って、背筋が冷えた時だった。
視界の片隅で、人の姿を捉えたのは。

最初は敵襲かと思ったが、違った。
その姿は、ただの一般人そのものだった。
しかし、その人物にアスベルは見覚えがある。

「フィエラさん!?」

何故タクティクスの従業員である彼女がラントにいる!?

そう思って歩み寄ろうとした、一瞬。

ふわりと、花が咲き綻ぶように、
彼女は、笑った。

状況にあまりに不釣り合いな微笑みに、思わず視線の先を追って、

「リチャード…?」

その先にいた人物、リチャードもまた、驚き、呆然としている。

(…何なんだ、一体…)

当然の疑問だったが、ドサッという音に我に返った。
慌てて振り返れば、フィエラがぐったりと倒れていて、更に慌てる。

「「フィエラ!」さん!、え、教官!?」

フィエラを追ってきたのか、アスベルより先にマリクが倒れた彼女を助け起こすと、怪我をした様子はなく、気を失っただけだと分かった。
良かった、とホッとしたのも束の間、

「…デール」
「は、殿下は此方へ」
「…彼女を」
「殿下…?」
「彼女を、僕の元へ連れて来い」
「な、何を仰います、殿下!」

突然リチャードがそんな事を言い出す。
当然、デール公はリチャードに早く撤退すべきだと言って宥めようとするのだが、リチャードは片時もフィエラから目を離さず、淡々と言った。

「これは命令だ!彼女を僕の元へ今すぐ連れて来い。ただし、決して傷つけてはならぬ」

そのあまりに冷めた声に、デール公もそれ以上の反対は出来ず、連れていた兵士達にリチャードの言った通りに命令を下す。

しかし、今のリチャードが攫った彼女をどうするのか不安にならない訳がなく、アスベル達がそれを阻む。
リチャードとの戦いでかなり疲弊していたが、マリクも加わった事もあり、苦もなく勝つ事が出来た。

「フィエラさんを連れて行って、どうするつもりだ!リチャード!」
「貴様等には解らぬ。彼女が、如何に貴く、儚いか…」
「な、」
「リチャード殿下、そのお怪我でこれ以上は…!今はどうか…」

デール公に支えられ、何とか立っている状態のリチャードは、再三の言葉に漸く撤退を始める。
去り際、僅かに振り返ったリチャードの顔は、ソフィを憎々しく睨んだものではなく、どこか穏やかにも見える表情で、彼女……フィエラを見つめていた。

「…リチャード国王があれ程までに固執するとは…。彼女は一体何者なんですか」
「……バロニアにあるバーの従業員だ………俺の知る限りでは、だけどな」

成り行きとは言え、共にリチャードと戦った実弟のヒューバートに訊かれても、アスベルにそれ以上の答えはない。
マリクはどうなのかと思ったが、その顔は困惑していて、自分と大差ないのだろうと思った。

「…………その…ひと…」
「ソフィ?」

倒れたフィエラを見て、ソフィが胸を押さえる。
どうかしたのか?と訊くと、しかしてソフィはゆるく頭を振った。

「……わからない…」
「そうか…」

俯く小さな頭を優しく撫でて、とりあえずフィエラをちゃんとした所で寝かせなければと思った所で、シェリアが息を切らせて駆け込んで来る。
そうなれば当然、領主邸の前で倒れたフィエラに気づく訳で。

「怪我人ですか!?」
「いや、怪我はない筈だが、突然倒れてな」
「何か持病でもあるんでしょうか…?」
「分からん」

すぐさまフィエラの元に駆け寄って、怪我が無い事にホッとするが、突然倒れたと聞いてシェリアは顔を顰めた。

「とにかく、どこかで休ませましょう」
「それならフレデリックに部屋を用意させるから、うちに」
「少佐!」

アスベルが言った時に、ストラタ軍服を着た男ーー確かヒューバートの副官だーーが、部下を連れて駆け込んで来た。
ヒューバートが指示をする為に離れるのを何とはなしに見ていたアスベルは、フィエラを抱き上げたマリクと先導するシェリアに続いて領主邸に行こうと一歩進んだ所で、指示を終えたらしいヒューバートが、もの言いたげにこちらを見ている事に気づいた。

「ヒューバート?」
「………」

ヒューバートはふい、と目を逸らすと、アスベルに背を向ける。
結局何も言わないまま去るのかと思ったのだが、数歩も歩かないうちに再び足を止めた。

「…彼女の」
「…?」
「彼女の意識が戻ったら、我々の尋問を受けてもらいます」
「なっ、フィエラさんはただの一般人で、巻き込まれただけだろう!」
「リチャード国王のあの様子を見て、話を聞かない訳にはいきません」
「しかし、」
「まだ解らないんですか?」

尚も言い募ろうとするアスベルを振り返り、ヒューバートは呆れたように嘆息する。

「ただの一般人だろうと、巻き込まれただけだろうと、彼女はもう無関係ではないんですよ」

リチャード国王に狙われた時点で。

そう言って立ち去るヒューバートを、アスベルは見送るしか無かった。




執筆 20110615

desear = [西]欲する

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