拍手お礼文1





 薄闇の中、そろりと一つの気配が動く。

 窓から差し込む、わずかばかりの淡い月光に頼らずとも、いかなる存在がやって来たのか庵には分かった。底冷えするようなひんやりとした空気をまとい、青い布を前面に当てた深緑のローブが朦朧とした視界の隅をよぎる。

「全く、貴君にはいつも手こずらされるものです」

 牧師と思しき恰好の男は庵の前に立ち、慇懃な口調で話しかけた。

 少しの沈黙を置き、貴君の一族には……と言った方が良いのかもしれません、苦笑まじりにそうこぼす。

 悪戯のすぎた子供を叱るような、しかし勝手な物言いに庵は低く笑った。男が庵を思うままに制御できない様がひどく滑稽で、おかしい。

 上体が揺れた拍子に後ろ手に縛られた手首に麻縄が食い込んで、ぎちりと軋む。その痛みが、かろうじて庵の意識をつなぎ止めているのだから皮肉なものだ。……もっとも、そう遠くない未来に、この痛みも感じなくなるのだろうが。

「闇に魅入られておきながら、今度は光に焦がれますか。今さら……ええ、本当に今さら、実に虫のいい話です」

 男の手が庵の髪を梳く。

 炎を宿した赤い髪。自らが持つ炎は蒼いそれだと言うのに、何て未練がましいことだろう。彼の一族が遠の昔に捨て去った色に尚も恋焦がれるような庵へ、慈愛すら感じさせる仕草で髪の中を泳いでいた指に力がこもり、強く鷲掴む。

 悲鳴も、苦痛のうめき声すら上げない庵の顔を上に向け、男は蛇の目を細めた。

 生気のない白い顔。その口元には、赤いラインがほんの一筋だけ入っていた。ふと床を見下ろせば、どす黒く汚れた染みが点々と散っている。まるで、彼に与えられた時間が残り僅かなことを示す烙印のように。

「“時間がない”のは私とて同じなのですよ、八神」

 細い首筋に噛みつくように口づけ、男は庵のシャツに手をかけた。

「さあ、残された少ない時間でせいぜい神に祈りなさい」

 ……罪深き落とし子である貴君にも、神の祝福が等しくあらんことを。






 

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 NOVEL / KQ 



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