拍手お礼文2





 夏は熱病に浮かされたような、あけすけた開放感から。

 冬は差し込むような寒さを分かち合いたい人恋しさから。

 秋は……夏の間に火照った心と身体を静める為の癒やしを求めて、だろうか?
 とかく人は理由をつけては、他人の温度を欲しがる生物に違いない。

 そして、春はと言えば新しい環境、そこから生まれる新しい出会いに胸を踊らせてみたりする。

 動物だって、多数は春に発情期を迎えて本能的な恋に忙しいのだ。それは人も同じこと。

 凍てつく冬を越え、ぎらつく夏を待つ、穏やかな恋の季節。

 それが春。


 一応は他人の家だなんて気にしない京はチャイムも鳴らさず、もらった……むしろ、ごねにごねまくって半ば強引にせしめたと言うべきか……合鍵をドアノブに差し込んで、ゆっくりと回す。それから勢いよくドアを引いて開け放った。

 来ることを連絡してはいなかったし、本人から今日の予定を聞いていた訳でもないが、チェーンロックがかかっているかもしれない、そんな懸念は全くない。住人が留守にしているからチェーンが下りていないのだという可能性も、考えてはいなかった。
 部屋にいると知っている。何故なら来る途中の道すがら、ひどく心が浮かれていたから。直感的に生きる京の感覚は嘘をつかないし外れない。

「八神、いるんだろ」

 声をかけながらスニーカーを脱ぎ、勝手に部屋に上がった。1人で住むには広く見えるワンルームに視線をめぐらせ、唇の端をわずかにほころばせる。

 部屋の中央のソファーに庵はいた。やわらかなそれに身体を深く沈め、よく眠っているようだ。普段の、研ぎすまされた刃物のように鋭利で剣呑な雰囲気はなりをひそめ、あどけなさすら窺えるのも、きっと春のせい。

 侵入者に気づかずに目を閉じる庵の正面に屈み、京はさらににへらと笑う。

 どうしたものか。幸せだと思う感情が止まらない。視線を落とし、そこで自分の左手が握り続けていたものに気がついた。

 本当に、浮かれていたのだろう。道端に咲いているのを見つけ、思わず手折って持ち歩いていた1輪のタンポポをそっと庵の髪に差しこむ。

「おー、可愛い可愛い」

 赤い髪にのぞく黄色い花の、鮮やかなコントラストに京は満足げに頷いた。そういえば以前、女子高生の間で髪に大輪の花を差すことがファッションとして流行った時期もあったが、あれとは比較にならないくらい似合う。庵は大の、それこそ筋肉も人並以上についた男ではあったが関係ない。可愛いものは可愛いし、似合うものは似合う。

 ひとしきり見つめた後で、京はジーンズのポケットに手をつっこんだ。せっかくだから記念撮影をして形に残しておこう。何度も見返して、待ち受けに設定するのもいいかもしれない。

 開いた携帯をカメラモードに切り替え、庵の顔をフレームに収める。

 頬がだらしないくらい緩むのが分かった。花を飾り、無防備な姿を晒して眠る庵を前に生唾を飲む。

 キスをしたくなって来た。身体にふれて、その熱も感じたい。低い体温が京の指先で上昇して行く様を、あますことなく眺めたくて背筋がぞくりと震え出しもする。

 もたげはじめる本能をかろうじて抑え、京は首を振った。それよりも、今しかできないことを優先するべきだ。時間が経って待ち受け画面に戻ってしまった携帯のカメラを再び起動させ、シャッターボタンを押した。

 カシリ、と独特の音に庵のまぶたが反応を示す。京は撮ったばかりの庵の画像をちゃんと保存し、携帯をポケットに入れると素早く唇を重ねた。眠り姫は王子のキスで起きるものだ。

「き、京、貴様また無断で……!」

 すぐに目を開けた庵は心地良いまどろみの残滓をどこかに覚えさせたまま、京を睨みつける。だが、そんなことは蛙の面に何とやらだ。

 現に京は表情を崩さず、逆に楽しそうですらある。庵はいまいましげに眉間にしわを刻み、皮肉をまぶした吐息をつくのがやっとだった。

 合鍵を渡したのもチェーンロックをかけないのも、ふてぶてしいまでの京に庵が根負けして、プライベートに踏みこむことを許した証。それが分かっているから京は揺らがない。元より根拠があろうとなかろうと自信家な人間なのだから、なおさらだ。

「そんなに怒るなって」

 庵の両手首をつかみ、ソファーに押さえつけた。

 心が疼いて仕方ないのも、きっと春のせい。






 

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 NOVEL / KQ 



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