〜 01 〜
翌日。
髪型が崩れていないか、化粧が濃くなりすぎていないかを念入りにチェックし、教室に入ろうとする。が、王子を一目見ようとやってくる他クラスの生徒が入口を封鎖していた。
なんとか人の隙間から教室に入ったが、ノクティスの席であろう場所には大量の女子が集まり、その手には差し入れであろうものが握られていた。その中に自分と同じ焼き菓子の紙袋を持っている女子を見つけて、フィアナは頭を金槌で殴られた気分になった。
(しまったー!!被ることを予想していなかったー!!)
鞄の中に入れた紙袋を思い出しながら膝から崩れ落ちたい気分になっていると、騒ぎを聞きつけた教師たちが教室に集まった生徒たちをその場から捌けさせたおかげで、あたりは先ほどに比べればいくらか静かになった。ノクティスの周りに集まっていた女子もいつの間にかいなくなっていた。
不思議に思っていると、予鈴が鳴り終わったことと自分以外の生徒がほとんど席についていることに気が付き、フィアナは慌てて席に座った。
(うう、朝のうちに渡そうと思ってたんだけどなあ…。そういえばノクティス王子はお菓子受け取ったのかな?)
幸いにも自分の席はノクティスの斜め後ろで、盗み見るにはちょうどいい位置だった。
眠そうに気怠そうにしているその背中を見て、フィアナは一生懸命に昨日のイメージトレーニングを思い出しながら前の席からまわってきた日程表を睨み、時間が出来そうな部分を探した。
──────
結局、下校時間になってしまった。
ノクティスが立ち上がるタイミングを見てそのときに話しかけよう、というとても安易な作戦を立てたが、シンプル・イズ・ベストだと考えた。
ついにその時が来た、女子が集まってくる前にさっさと教室を出ようと思ったのか、少し急ぎ気味で立ち上がったノクティスが鞄を持った。
フィアナも一緒に立ち上がって口を開いた、その瞬間だった。
「ノ、ノク…」
「ノクト〜!かっえろうっぜ〜!」
フィアナの横を金髪が横切った。たしかこの人はノクティスに単身で立ち向かって、初めましてなのにも関わらずその短時間で友達になった強者だった気がする。
相当なコミュ力があるのだろう。見習いたいものだ。という関心してる場合ではない。
生返事をして鞄を持った手を肩に持っていったノクティスが一歩を踏み出した。
「あ、あの!ノクティス王子!」
自分でも予想していなかったほど、大きな声が出てしまった。ノクティスも金髪の青年も、驚いてこちらを振り返っている。
ノクティス王子と目が合ってる、と思っただけで失神しそうなほど嬉しいフィアナも、その邪念を振り払って手に持っていた紙袋を差し出した。
「こ、こ、これどうぞ!」
今まで生きてきたなかでこれほど顔が熱くなって、汗が止まらなくなったことはない。手も震えている気がする。
ノクティスの返事が来るまでの時間が、とてもとても長く感じた。
「あー、わりーけど…。そういうの受け取ると後々めんどくせーから貰わないようにしてんだわ」
「あ…」
どこかで予想はしていた。しかしここで引いたらもう話しかけるチャンスは二度とない、それも予想はついていた。
「いや、でも!これ渡すために学校来たようなものなんで!」
ノクティス王子、今どんな顔してるんだろう…きっと迷惑そうな顔してるんだろうな…。
そう思ったが、後には引けなかった。
一目見たときからなんとしてでもお近付きになりたいと思っていた自分の気持ちを無下には出来なかった。
「いらねーって」
声色が変わったことに驚いて顔を上げたフィアナに対し、既にノクティスは背を向けて歩き出していた。
「ちょ、ノクト!待ってよ!」
金髪の男子が心配そうにフィアナを見て「ごめんね」のジェスチャーをするが、フィアナはそれの意味を理解する脳も働いていなかった。
(フラれた…)
本当にあっさりと。告白したわけでもないのにそんな気分だった。
自分の両手に支えられた紙袋を見て虚しい気持ちになったが、不思議と悲しくはならなかった。休日を抜けばほぼ毎日ノクティスに会えるのだ。きっとまたチャンスがやってくる。
丁寧に梱包された焼き菓子を取り出して、自分で食べた。控えめな甘さが舌とこわばった体を癒してくれた気がした。
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