〜 17 〜
目が覚めると見慣れた天井が視界いっぱいに広がった。カーテンの隙間から差し込む光は太陽が既に高い位置にあることを示している。時計を見ようと首を捻ると椅子に座って分厚い本を読んでいるイグニスの姿が目に入り、予想していた人物と違うことに気付くと思わず「あれ」という声が出た。
「目が覚めたか。調子はどうだ?」
「まあまあ。つかもう12時か…」
それを聞いたイグニスがもうそんな時間か、と自分の腕時計を見るなり本を閉じて立ち上がると椅子を元の位置に戻してノクティスを振り向いた。
「雑炊を作ろう。食べられるか?」
「うん」
熱を測っておいてくれ、と言って体温計を手渡してから部屋を出て行ったイグニスの背中を見送り、ノクティスは上半身を起こすと、ふと自分の頭から何かが落ちる感じがして目を向ける。そこには濡れたハンカチが落ちており、拾い上げたノクティスは周囲を見回して貯水されている洗面器を見つけるとあの意識が朦朧とした中で常に心配そうに自分を気遣うフィアナの姿が脳裏に浮かんだ。ベッドへよりかける形で放置されているフィアナの荷物が、まだこの家にいることを物語っている。体温計から測定完了のアラームが鳴り、取り出してディスプレイを見てみるとそこには37.5という数字が並んでいた。昨晩の自分がどれくらい熱があったのかは知らないが、身体はかなり軽くなった気がする。
しばらくすると、トレーに雑炊を乗せたイグニスがまた部屋に入ってきた。
あぐらをかいてその上にトレーを乗せると雑炊から立ち上る湯煙が香りを運んできて食欲を掻き立てきた。軽く挨拶をしてから雑炊を口に運ぶ。
「そういやイグニス。あいつは?」
「フィアナさんならリビングで寝ている。一晩中傍にいてくれたみたいだぞ」
「そっか…」
イグニスがきちんとお礼を言っておけよ、というとノクティスは当たり前だろ、と返してまた雑炊を口に運んだ。
「薬はここに置いておくから、食べ終わったら飲んでくれ」
「仕事か?」
一度部屋を出て行ったイグニスが戻ってきて、水の入ったコップと薬がデスクの上に置かれた。その反対側の手元を見ると私物であろう荷物が抱えられている。また明日来る、とイグニスは返事代わりにそう言って扉のドアノブに手をかけた。
「サンキューな」
「しばらくは安静にしてるんだぞ」
「はいはい」
部屋の扉が閉められると玄関の扉が開閉される音が聞こえて、ノクティスはなんとなく心細くなった。雑炊を完食し、薬を飲もうと紙袋を覗くとそこには粉末の薬が用意されており、ノクティスは「マジか…」と声を漏らしながらもひと袋取り出すと意を決して口の中へ流し込んだ。
リビングへ行くとソファの上でぐっすりと眠るフィアナの姿があった。ノクティスは物音を立てて起こしたりしないように細心の注意を払いながら食器を流し台に置くと、そっとフィアナに近付き、その目の前に膝をつく。規則正しい寝息をたてて眠るフィアナの頭を撫でてやるとなんとも表現し難い感情が込み上げてくるのがわかって、気付けばノクティスはフィアナ頭を愛しいものを愛でるように何度も何度も撫でていた。身動ぎしたフィアナに驚いて慌てて手を退かすが起き上がる様子はなく、同時に我に返ったノクティスは、何やってんだ俺、と自分に悪態をつきながら私室へ踵を返した。
「うわ、今何時!?」
誰に言うわけでもなく、長い眠りから覚めたフィアナは飛び起きると壁にかけられている時計に目をやった。針は15時近くを差していて、陽は既に傾きつつある。王子起きてるかな、と思い立ち上がるとデスクの上にパラソルのかけられた食器が目に止まった。一緒に置かれていたメモ用紙にはとても丁寧な字で「起きたら食べてくれ」と書いてあり、誰が作ったものなのか一瞬で把握するとフィアナは涙が出る思いでとりあえず先に食事を取ることにした。
食器を片付けてからノクティスの部屋へ向かい、控えめに扉をノックしてドアノブを捻ると布団から顔だけを出したノクティスが扉の方を向いていた。デスクには空になったコップと薬が置かれていて、先ほど一緒に片付けた食器はやはりノクティスが使ったものだとわかるとフィアナは少しだけ安堵する。
「王子、具合はどう?」
「んー…まだちょっとだるいわ」
ノクティスに近づき、ちょっと触るね、と断りをいれてからその首元に触れると昨日ほどではないがまだ熱を持ってることが確認できた。額に乗せられたままのハンカチが少し乾いてることに気付いてまた水に浸す。
「ずっと看ててくれたんだってな。ありがとな」
「いつもお世話になってるからね、これくらいはしたいなって」
お礼を言われたことに対して嬉しくなっているとノクティスはなんもしてねーよ、と笑った。ノクティスの額にまたハンカチを置いてやるとフィアナは立ち上がってデスクの上に置かれたコップを手に取る。ノクティスに背を向けてキッチンへ向かおうとすると不意に手首を掴まれて先へ進めなくなり、不思議に思ったフィアナはノクティスを振り返った。
「……あ、いや…わりぃ」
特になにをするわけでもなく、掴んでいた手を離してまた布団の中へ潜り込んだ自分の顔が熱くなっているのはきっと熱のせいだけではない。ノクティス本人が一番よく理解していた。どこかに行ってしまったら寂しいなんて素直には言えず、つい行動に出てしまったことを少しだけ後悔しながら布団の中でフィアナに背を向けた。
「……そ、傍にいるよ…?」
そう言ったフィアナの表情は伺えないが、振り絞った感じの声に聞こえたノクティスは更に身体を強ばらせると額から落ちてしまったハンカチを自分で元に戻した。
「……おう」
お水持ってくるね、と足はやに部屋を出たフィアナは扉を閉めると早鐘を打つ心臓に手を当てながら深くため息をついた。何言っちゃってるんだろう、と先ほど自分の口から出た言葉を思い出すと恥ずかしさがこみ上げてきてフィアナは頭を抱えたくなる気持ちのままリビングへ足を運んだ。
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