〜 16 〜
夜明けを迎えたのかブラインドカーテン越しにうっすらと遠方が白く染まっていくのが見えた頃、玄関の扉が開く音がした。一晩中一緒に看病をしていたメイドが部屋を出て玄関まで行き、挨拶を交わすと返ってきた「お疲れ様です」という声は聞き覚えのあるものでフィアナは思わず顔を上げる。一通りやったことをメイドはその話し相手に伝えると、助かりますという言葉と共に部屋の扉がそっと開かれて覗いてきた人物と目があった。
「フィアナさん…?」
「ご無沙汰してます」
想像していた通りそこにはイグニスがいて、心底驚いたようにフィアナを見ている。その後ろからメイドが微笑みながらイグニスを見上げた。
「彼女、付きっきりで一緒に看病してくれたんですよ」
「そうだったんですか」
どこかホッとしたような様子を見せたイグニスはあとは任せてほしいとメイドへ感謝の気持ちを伝えると、メイドは一礼して部屋へ入り荷物をまとめる。その際にフィアナも礼を述べると「あなたならきっと王子の支えになれるわ」と言ってフィアナの肩をぽんぽんと叩いたメイドは部屋をあとにした。イグニスは深々と頭を下げて玄関の扉を閉めるメイドを見送ると、安定した寝息を繰り返しているノクティスをじっと見つめているフィアナの背中に声をかけた。
「フィアナさん、何も食べていないだろう。朝食にしないか?」
「ありがとうございます、いただきます」
振り返ったフィアナの顔からは疲労の色が伺える。少し休むといい、と言うとフィアナは曖昧な笑顔を浮かべて無理してるように見えますかね?と笑った。
用意された朝食に向かっていただきます、と挨拶をするとイグニスは召し上がれと微笑みながらフィアナの向かいの席に座った。スープを口の中に流し込んだ途端に広がる温かさが疲れを癒し、フィアナは思わずほっと一息をつく。色とりどりの野菜を皿の端に盛られたソースと絡ませてロールパンに挟み、口へ運ぶと新鮮でシャキシャキとした野菜の歯ごたえと焼きたてのふわふわなパンの食感が一度に楽しめてとても贅沢をしているような気分になった。美味しそうに食べるな、とイグニスが笑うとフィアナは少し照れくさそうに、本当に美味しいから、といった様子で首を縦に振った。
フォークが皿を鳴らす音だけが響く中で、コーヒーを飲んでいたイグニスが口を開いた。
「ひとつ聞きたいんだが、昨晩ノクトになにか変わったことはなかったか?」
「変わったこと…」
昨晩、コンビニで会ったところから少しずつ記憶を遡っていくとそのあと一緒に夕飯を取ったところで違和感のあったことに気が付くと、フィアナはそういえばと言葉を切り出して食事を一時中断した。
「夕飯、残してました。夜はあんまり食べない人なのかなって勝手に思ってましたけど、もうあのときから体調悪かったんだろうな…」
「そうか…」
「そのあと送ってもらって、電車がもうないことに気がついて、呼び戻して、迎えを呼ぶように言ったところで倒れちゃったんです」
「なるほど。近くにいたのがフィアナさんでよかった」
フィアナは笑顔になると食事を再開してあっという間に平らげた。イグニスは「フィアナさんは休んでていてくれ」と片付けに立ち上がろうとするフィアナをソファに座らせて食器を流し台へ運ぶ。
その流れをありがたいといった気持ちで見ていたフィアナの視界に、ソファの傍らにあるデスクの上に置かれていた処方薬の説明書が映り、なんとなく手に取って説明を読むと"粉末"という文字が目に入って自分が飲むわけでもないのに嫌な気分になった。
(王子、ちゃんと飲めるのかな)
そうこうしているうちになんだか視界がぼやけて来て、まずい、と思ったフィアナは頭を振って意識をハッキリさせようと格闘した。そんな様子に気付いたイグニスは洗い終わった食器をラックに乗せながら「あとは俺がやるぞ」と言って蛇口を閉める。
「すみません……」
「気にするな。しっかり休んでくれ」
フィアナは抵抗出来ないほどに猛威を奮ってくる眠気に勝てず、そのままソファへ横になった。数秒もしないうちに深い眠りについてしまったフィアナにそっとタオルケットをかけると、イグニスは日差しが睡眠の邪魔をしないようにカーテンを一部だけ下ろしてノクティスの部屋へ向かった。
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