〜 15 〜
家につくと運転手がマンション外を警備中の男性を呼んでノクティスを部屋まで連れていくよう頼み、男性はノクティスを背負いマンション内に入ってエレベーターへ向かった。フィアナもそれに同行し、エレベーターの操作やノクティスの部屋のセキュリティ解除を手伝う。ノクティスを私室のベッドに寝かすと医者を呼ぶのでその間看病をお願いできますか?と問われ、フィアナはふたつ返事で事を了承した。
浴室に置かれていた洗面器を洗面所まで持っていくと蛇口を捻って水を入れ、自分のハンカチをその中へ浸して寝室まで戻ると未だ乱れた呼吸を繰り返して小さく唸るノクティスの横へ腰を下ろして洗面器を置く。浸されたハンカチを絞ってノクティスの額へ置いてやるとフィアナはまた立ち上がって洗面所へ向かい、清潔なタオルを探した。恐らくイグニスが洗濯をしたのであろう、きちんと畳まれて重ねられているタオルを2、3枚持っていく。部屋に戻ってノクティスにかけられているタオルケットをそっと捲り、失礼します、と断りを入れてからその体に滴る汗を拭いた。さすがに下にしている背中側まで拭くことは出来ないが腹部や露出した首元を拭くことは出来た。
間もなくして呼び出された医師が何人かの助手を連れてノクティスの部屋へ到着した。一般市民ならこうもいかないだろうが、王族となれば話は別である。あらゆる精密検査が行われる様子を部屋の隅で見ていると耳から聴診器を外した医師がフィアナを振り返った。
「大丈夫、ただの風邪です。でも油断は禁物なのでしばらく安静にさせてあげてください。薬も処方しておきます」
「ありがとうございます」
一礼すると医師は荷物をまとめ、お大事にとだけ言い残して部屋を出て行った。その際に医師が持っていた鞄が目に入って、ルシス王家の紋章が刻まれていることに気がついたフィアナは王家直属の医者かと直感した。あまりにも迅速な対応だったことにも合点がいく。ノクティスの横に座って額に乗せたハンカチをまた水に浸して絞りながら、まさかこんな形で再び王子の家へお邪魔することになるとは思わなかったな、と頭の片隅で考えていた。またハンカチを額に乗せてやると、それに気付いたのかノクティスがうっすらと目を開けてフィアナのいる方向をぼんやりと見つめる。
「大丈夫?寝苦しい?」
「……いや」
ノクティスは離れようとしたフィアナの腕を掴むと自分の頬に引き寄せてふう、と一息ついた。
「お前の手冷たくて気持ちいいわ」
その一言だけ言ってすぐにまた瞼を下ろしたノクティスからは少しだけ落ち着いた呼吸が聞こえ、離そうにも離せない手をそっとその頬を包み込むように広げるとノクティスの顔の熱が手のひら全体に伝わる。恥ずかしいような嬉しいような気持ちになっていると、突然部屋の扉が控えめにノックされ、外から「失礼します」という声と共に白いエプロンに身を包んだ女性が姿を現した。慌てて扉の方向を向こうとするが今の体勢では少々無理があり、顔だけ扉を向いて引きつった笑顔を浮かべる。
「王家に仕えるメイドの者ですが…お邪魔だったかしら?」
「ととと、とんでもないです…!」
「ふふふ、王子もなかなかやりますね」
フィアナは顔を真っ赤にしながらノクティスに掴まれている腕を優しく、そっと引き抜いた。メイドは王子の看病をしに来たのだという。その手に冷却シートや体温計が用意されているのを見て、フィアナはさきほどノクティスの額に置いたばかりのハンカチを取ろうとするがそれを見かねたメイドはそのままでいいとフィアナを静止した。
「氷をお持ちしますね。ふふふ」
そう笑って部屋から出て行ったメイドの背中を見ながら、フィアナはメイドが考えてることがよくわからないといった様子で首をかしげる。冷却シートを持ってきてくれたのならそのほうが手間もかからないと思うのだが、と思ったが言われた通りにハンカチをそのまま使うことにした。メイドはすぐに戻ってくると用意されていた洗面器に氷を投入し、フィアナにノクティスの額から一度ハンカチを取るように言うとメイドは先程より大分冷たくなった水にハンカチを浸してよく絞ってからフィアナに渡す。
「お帰りになりますか?ノクティス王子の目が覚めたらご連絡いたしますよ」
そう言われて時計を見ると時刻は深夜2時を回っていた。自分もかなり疲れているし休みたい気持ちもあるが、それを無視してフィアナは首を横に振るとメイドは「お手伝いします」と言ってニコリと笑った。ノクティスには日頃お世話になっているし、これくらいはしたい。メイドのてきぱきとした指示に従いながら、フィアナはノクティスの様子を始終気にしていた。
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