〜 12 〜
それからまた数日後。
終業式当日になり、いよいよ長期休み開始を明日に控えていた。
ノクティスから受け取ったぬいぐるみのキーホルダーは、部屋に飾るか持ち歩くか悩んだ末、せっかくだから付けていこうという結論に至り、今現在鞄の表側にぶら下がっている。
終業式を終えて放課後のホームルームが終わると同時に、教室へプロンプトが入ってきてノクティスのもとへ駆け寄っていった。
「ノクトー!休み暇?暇だよね?暇かあー!プール行こうぜプール!!」
「何も言ってねーんだけど」
ノクティスは遊びに行こうとまくし立てるプロンプトを冷静に対応しながら必要なものだけを机から取り出して鞄に入れる作業をしている。学生たちの間で割と有名な今年オープンしたプールは、インソムニア内でも過去最大の規模だと謳っているためかこの長期休みを利用して遊びに行く生徒も多いようだ。フィアナも興味はあるが、友人たちを誘ってみても皆忙しいの一点張りで、この休暇はバイト漬けのつまらないものになりそうな予感しかしていなかった。
「プールって言ったらさあ…やっぱスライダーとか、波の出るプールとかだよね…。極めつけは水着女子!あと水着女子!そして水着女子ッ!!」
「結局それかよ」
やれやれ、と言った調子で席から立ち上がるノクティスの後ろを上機嫌なプロンプトがついていく。その一部始終を無意識に目で追っていたフィアナはハッとして自分も早く帰ろうと席を立った。ぶら下がったキーホルダーを見て自然と頬が緩むのを抑えながら顔を上げると、こちらを向いていたノクティスとふと目があう。慌てて目をそらすとまたキーホルダーが視界に入り込んだ。
明らかに意識してるな、と自覚するとまた頬に熱が集まる感じがした。昇降口で鉢合わせするのもなんだかな、と思ってフィアナはその二人の背中を見送っていた。
長期休み真っ最中。
バイトを終えてため息をつくフィアナは疲れ果てていて家についた途端ベッドに倒れ込んでそのまま眠れる自信があった。夕食だけはきちんと取ろう、と思うが作る気力もない。少し遠回りになるがコンビニに寄って簡単なものを買おうと歩みを進めた。
店内はガランとしていて、丁度品が入ってきた時間だったのか店員が商品を並べていた。こういうときってじっくり買い物しにくいんだよなあ、と内心愚痴に似た不満をこぼしていると、こちらに気付いた店員がやる気のなさそうな声で「らっしゃーせー」と、とても歓迎しているようには聞こえない挨拶をする。よくこんな奴採用したな、と検品をしている店員の横顔を盗み見た。使い捨ての薄いマスクにレンズの入っていない伊達眼鏡をしたその店員の顔は、よく見るととても端正な顔立ちをしている。なんだ、ただのイケメンか、と思っていると立ち止まったまま動かないフィアナを不思議に思ったのか店員が顔を上げた。目をそらして適当な商品を探していると、店員が折り曲げていた腰を伸ばす気配がした。
「あ」
「…?」
短く声を上げた店員を反射的に振り向いてしまうと、バチリと目があった。
その透き通った瑠璃色の瞳になんとなく見覚えがある。いや、まさかな、と自分が思っていたことを頭からかき消そうとすると、店員は咳払いをしてまた作業に戻ろうとしていた。そしてその咳払いで疑問が再び頭の中を支配する。なんとなく聞いたことがある声だった。まさかな、という考えを持ちながらその店員の背中にこっそりと小声で話しかけた。
「王子…?」
「いえ、違います」
本人は声の調子を変えようとしているみたいだったが、ほぼ毎日聞いているその声を聞き間違うはずがない。ぎこちない敬語に吹き出しそうになりながら、背中をポンポンと叩く。
「もしかしてここでバイトしてるの?」
「……」
答えないということはイエスということだろう。明らかな変装をして仕事に励む姿は、一国の王子と言われても信じない程度には馴染んでいた。
「王子が…っバイト…っ!!」
「おい笑うな」
こみ上げる笑いを堪えることが出来ずに声を押し殺して笑うと、目の前にいるノクティスは目元しか見えないがむすっとしていた。「王子がバイト」という字面だけで面白い現状に笑いが止まらなくなっていると、いい加減にしろ、と言ってノクティスがフィアナの頭を小突いた。
「そっちこそなんだよ、こんな時間に買い食いか?」
「私も今バイトが終わったとこ」
ふーん、と適当な返事をしながら店内に備え付けられた時計を見るノクティス。
23時近くを差す針が秒針とともに動いていた。
「俺ももう上がるからさ、ちょっと付き合えよ」
「え?」
どういうこと、と聞く前にノクティスは検品済みの商品を抱えて店の裏に入ってしまった。ノクティスの意図はわからないが、とりあえず食べたいものを選んでしまおう、と商品が所狭しと並べられた棚を見てノクティスが上がってくるのを待った。
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