〜 11 〜
帰り道。
ノクティスは迎えを待ち、残り二人は歩いて帰れる位置に家があるためその場で別れることになった。プロンプトがフィアナを家まで送っていくという提案が出てから、ノクティスは始終納得が行かなそうな顔をしている。「何もしないって」とノクティスの肩を叩いて笑うが、その表情が柔らかくなることはなくジト目でプロンプトを睨み続けている。
「オレ信用なさすぎじゃない?」
「当たり前だろ」
常日頃から女子という女子に絡んでるところ見てればな、と付け足したところで遠くから以前にも見た車が3人の前に到着した。ノクティスに車のほうを向かせて背中を押すと、顔だけ振り向いてまた睨みつけてくる。プロンプトは苦笑しながら車を指さした。
「また明日ね、王子!」
仲がいいなーと場違いな考えをしながら二人のやりとりを見守っていたフィアナがノクティスに向かって手を振ると、ノクティスは腕を上げてからホームに向かって走り出していく。その背中を見送ってから、二人は駅を後にした。
「もうすっかり暗いけど、大丈夫?家族に怒られたりしない?」
「うん、両親は帰りいつも遅いから」
「そっか」
時計を見ると夕飯を取る時間が近付いていた。ゲームセンターで楽しんでいる最中は夢中で気付かなかったが、相当お腹がすいている。二人の足音だけが聞こえる中で腹の虫が鳴るなんてことは避けたい。鳴りませんように、と念じながら腹の辺りをさすっているとそれに気付いたプロンプトが首をかしげた。
「お腹すいてる?」
「すいた…」
えへへ、と笑いながら正直に答えるとプロンプトは「オレも〜」と笑って同じように腹をさすり始めた。
「フィアナちゃん、家どこ?」
「あそこ」
「えっ」
足場が見える程度の明かりが灯ったマンションを指差すとプロンプトが驚いたような声を上げて、それに釣られてフィアナも驚いた声を上げる。
するとプロンプトはマンションの脇にある道を指差した。
「オレんちあそこ下ってってすぐのとこにあるんだけど」
「近っ!」
「近ーい!」
通学路が同じという共通点にここで初めて気付いた二人はなんだか可笑しくなって笑った。高校に通い始めて既に数ヶ月が経っているのにすれ違わなかったのは不思議なものだ。
「明日からオレと一緒に通学する?……なーんて、王子様に怒られちゃうか」
「…うん?」
プロンプトの提案に返答をする間もなく、そこでその話は終わってしまい、フィアナは所在なさげにその夕陽を受けて眩しく輝く金髪を見上げる。
「そういえば!」
突然大きな声を上げたと思えば、プロンプトは振り返って後ろ向きで器用に歩みを進めながらフィアナを見た。
「アップルパイ、美味しかったよ!ありがと!言おう言おうって思ってたんだけどなかなか話せる機会なかったじゃん?話せてよかったー」
にっこりと太陽のような笑顔を浮かべたプロンプトは満足そうにそう言った。
「これでノクトの胃袋もガッチリ掴んだと思うよ」
「ええ!?」
声をワントーン低くしてガッツポーズをするプロンプトに、フィアナは慌てて首を横に振りながらそんなつもりじゃない、と手を振った。
「違うの?ノクトのこと好きでやってるのかと思ってた」
「…あれは、王子にただテストお疲れ様って意味合いを込めて…、ハッ」
「え、なに?どしたの?」
なんの前触れもなく突然息を飲んで立ち止まったフィアナにプロンプトは疑問符を浮かべながらフィアナの見ている方向やフィアナ自身をキョロキョロと見回している。フィアナの中では合点がいくものがあった。今話題に出ているアップルパイを渡すきっかけになった、ノクティスが持参したケーキ。あれはもしかしたらイグニスが作ったものではないだろうか。「もしも〜し?」と言ってフィアナの顔を覗くプロンプトを見上げると、目の前で気を付けの姿勢をしていた。
「プロンプトくん、王子がたまに持ってくるお菓子って、イグニスさんが作ったもの?」
「ああ、うん。そだよ。たまにイグニスさんがノクトの迎えに来てるから、オレも顔見知り程度だけど」
「そうだったんだあ…。彼女じゃなかったんだね」
これでもし本当に彼女だったらアップルパイを押し付けてしまったことがとてつもなく失礼なことになる。ほっと一息ついて胸をなで下ろすと、プロンプトがニヤニヤしながらまたフィアナの顔を覗き込んだ。
「フィアナちゃん本当にノクトのこと好きなんだねえ〜」
「だ、だから違うって。本当に、ただ憧れてただけなの。インソムニアを守ってるレギス陛下の御子息だし、ちょっと興味あるな〜って思って…」
「オレはノクトのこと見てて脈アリなんじゃないかなって思うけどね」
鞄を持ち直して頭の後ろで手を組んだプロンプトが歩き出すと、フィアナはそれについていくようにそのうしろを歩き出した。そんなことない、と否定してフィアナは言葉を続ける。
「王子は、なんとなくだけど、私を妹とかそういう目で見てくれてると思うの。多分、好きとかそういうのじゃなくて…」
「わっかんないよー?男は押しに弱いって言うし。ていうかフィアナちゃんはノクトのことが好き!これは確定ね」
なぜ、と言葉が出る前にプロンプトは立ち止まってフィアナを見る。再びそれに釣られて立ち止まると、丁度街灯が真上に来ていてプロンプトの真剣な表情が見えた。
「好きじゃなかったら、彼女いないことにそこまで安心しないし、そこまでノクトのこと考えられないんじゃないかな。それに、」
そこで区切って、プロンプトがフィアナに近付くや否や、手の甲をフィアナの頬に押し当てる。驚いて見上げると、プロンプトがニコリと笑った。
「フィアナちゃん、顔真っ赤っかだよ。オレの手冷たいでしょ」
「……っ」
言われて初めて、自分の鼓動が早鐘を打っていることに気がついた。
プロンプトの手が離れて、代わりに自分の手のひらで頬を包んでみるとそこは異常なまでに熱を持っていることがわかった。心臓に対して、うるさい、うるさい、と心の中で叫んでみるが、効果なんてものは全く現れない。
しばらく何も言えないでいると、プロンプトのくすくすと笑う声が聞こえて、そっと背中を押された。
「すっごい応援したくなっちゃったー。フィアナちゃんならノクトのこと引っ張ってくれそうだしね!」
相変わらず元気な声で嬉しそうに言うプロンプトだが、フィアナはもうキャパオーバーで何の言葉も紡ぎ出せずにいた。
これが恋というものなのだろうか、憧れとなにが違うのだろうか。それしか考えられなくなっているフィアナの視界に見慣れた道が映りこんで、マンションのすぐ前だということに気がつかされた。
(王子のことが好き…?違う、違う、そんなんじゃない…)
結局マンションの入口まで背中を押してついてきてくれたプロンプトにお礼を言ってその場で別れると、フィアナはまた悶々と考えながら中へ入った。
恋だと確信するのは、もう少し先の話。
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