〜 10 〜
「新作……!?」
昼休み。弁当をつつきながらスマホをいじっているフィアナが何とも言えない声を上げた。
何の?とディスプレイを横から覗き込んでくる友人へ見やすいようにスマホの角度を変えるとフィアナは間髪入れずに可愛いでしょ!?と同意を求める発言をする。
そのディスプレイにはピンク色の兎と小さな白い鳥が仲睦まじく手をつないだぬいぐるみのキーホルダーが映し出されている。
「かわいい〜。けどこれ普通には売られないっぽいよ」
「えっ…ガーン…」
商品の説明には友人の言ったとおり「プライズのみでの取り扱い」と書いてあり、そういった類のものは大の苦手なフィアナは心底絶望をした。
家族から貰える小遣いもそう多くはない。なにをするにしても金銭が足りなさすぎる現実にため息しか出ない。しかもこの学校は一年生一学期はバイトをしてはいけないという規則がある。早く長期休みに入らないかな、とフィアナは愚痴をこぼした。
「でも欲しいなあ…1000円だけでも挑戦してみようかな…」
「そう言ってギャンブラーは堕ちていくんだよ」
「うっ…でもそれだけしかお金持っていかなければ大丈夫でしょ多分。ってわけで今日の放課後誰か一緒にいかない?」
食べ終わった弁当を片付けながら全員を見るが、誰ひとりとして立候補はしなかった。みんな部活やら塾やらで忙しいという。フィアナはこれからするバイトのことを考えて帰宅部だ。
「しょうがない、ひとりで行こう」
口々に誤ってくれたり、次は付き合うと約束してくれたりする友人たちにお礼を言って、スマホを制服のポケットに入れた。
──────
そして放課後。
学校から最寄りの場所にあるゲームセンターでも良かったが、混み具合を予想して家から最寄りのゲームセンターへ行くことにした。若者の娯楽はほとんどが学校近くに集まっており、こちら側のゲームセンター付近も人がいないわけではないがあちらに比べれば大分寂れている。
電車でひと駅前に降り、自分のマンションに荷物を置いて財布から1000円だけ取り出して別の財布を用意すると、その中に1000円を押し込んで再び外に出てゲームセンターを目指した。
ゲームセンターにつくと中は驚くほど人がいなかった。ちらちらとスロットや麻雀の席が埋まってる程度で、UFOキャッチャーなどと言ったクレーンゲームには人の姿すら見当たらない。ヘマをしても他人に見られる心配がない、という事実にフィアナは少しだけ自信が沸いた。両替機で1000円札を崩すとお目当ての商品が入ったクレーンゲームを探す…必要もなく、目玉商品と手書きで書かれた色画用紙が貼られているガラスケースにはピンクの兎と白い小鳥が入っている。
大げさなくらい利いている室内のクーラーに早くもバテそうになっていると、突然後ろから肩を叩かれた。やっぱり制服で来なきゃよかったかな、とゲームセンターによくいるちゃらんぽらんか厳しい目つきをした店員を想像しながら振り返るとそこにはよく知った顔がいて、フィアナは思わず「あれっ」と声を上げる。
「プロンプトくん」
「あーやっぱり!アップルパイの子!」
爽やかな笑顔をしたプロンプトの手にはおもむろに開かれた財布が握られていて、これから両替をするという雰囲気を醸し出していた。
「こんなとこで偶然だね。……お友達と来てるの?」
「そんなとこ!きみは?なにか欲しいものでもあるの?」
「そんなとこ」
こんな人気の少ないゲームセンターにお友達と…と少しだけ考えたフィアナはなんとなく察して口を開いた。
「ねえ、そのお友達って…」
「あれ、フィアナじゃん」
「ですよねー!」
予感的中。プロンプトの背後から顔を出したのはやっぱりノクティスだった。
「両替行くっつったのになにまたナンパしてんだと思ったら違ったか」
「ちょっ、ノクト、人聞き悪いこと言わないでよね!」
ぎゃんぎゃんと騒いでいるプロンプトを他所に、フィアナは目の前に置かれているクレーンゲームの商品を見て「まずいことになった…」と腕を組んで首をひねった。
最終的に取れなかったとき、諦めて帰る姿をなんとしてでも見られたくない。意地でも商品を手に入れなければ。いや、ここはほしいものが見つからなかったという体で帰るのも選択肢に入る。
悶々と考えているといつのまにか隣に来ていたノクティスがガラスケースを覗いていた。
「これが欲しいのか?」
「うん…。えっ、あ、いや」
有無を言わさずノクティスがポケットから一枚のコインを出してゲーム機に投入すると、愉快な音楽と共にクレーンの中心部がキラキラと輝き始めた。フィアナの静止の声も聞かずにたった一枚のコインでその商品を容易くゲットしてしまうノクティスに、フィアナもプロンプトも驚きの声しか出せないでいた。
「ほれ」
「ノクトってほんとこういうの上手いよねー」
目の前に差し出されたキーホルダーをとても申し訳ないと言った感じで受け取ってお礼をする。手のひらに収まるサイズのぬいぐるみがついたキーホルダーは思った以上にもこもこでふわふわとしていてすごく肌触りがよかった。
「かわいい……」
その手触りを堪能しようと撫でたり握ってみたりすると心が洗われる気がして自然と笑顔になる。嬉しくて堪らなそうなフィアナを見ていたノクティスはその頭をぽんぽんと撫でた。
「あれ〜?きみたちいつの間にそんな仲良くなってたの〜?」
ニヤニヤと口角を上げて眉をいやらしく上下させながらプロンプトが二人を交互に見た。頭を撫でていた手を引っ込めてそそくさとポケットに突っ込んだノクティスがプロンプトを横目で睨んで「うっせ」とだけ言ってその場を離れてしまった。
「フィアナちゃん…だっけ?このあと予定ないなら一緒に遊ぼうよ」
「うん!もちろん!」
「やった!じゃあとりあえず両替してくんねー」
二人で遊んでいるところを邪魔しちゃ悪い、とも思ったが誘われて断る理由もなかったのでノクティスが行った方向へ向かうことにした。
ノクティスは攻撃してくるゾンビをFPS視点で撃ち殺すシューティングゲームをしていた。
ゾンビやミイラと言ったものが大の苦手なフィアナはノクティスの影からその画面の行先を見守っていると、両替から戻ってきたプロンプトが「これ途中参加出来るんだよ」と言ってノクティスの横までフィアナを移動させて銃を模したコントローラーを持たせるとコインを投入した。
やったことない、と慌てるフィアナに指南するプロンプトは何度も「近い」とノクティスに怒られていた。その様子をゲームの画面に必死なフィアナは知らない。
「ごめん王子!そっち行っちゃった!」
「フィアナちゃん来てる来てる!撃って!」
「うわー!」
ゾンビが現れるたびに素っ頓狂な悲鳴を上げるフィアナにプロンプトが、それに釣られてノクティスが笑う。人の姿がほとんどないゲームセンターに、3人の笑い声が響いた。
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