遭遇


歩き続けること10分弱。
とうとう森の入り口らしきところへと辿り着いた。
私はゆっくりと深呼吸をし、目を閉じて耳をすます。

あ、川のせせらぎの音がする。
ここから近いのかな。
そう遠くないところから音が聞こえる。
川なんて久しぶりだから、ちょっぴりはしゃぎたくなる。
よし、今日は川に足を浸して涼もう。

森の澄んだ空気をめいっぱいすいこみながら、川のせせらぎが聞こえる方へとまた歩き始めた。
ヒグラシやミンミンゼミの鳴き声は森の中に響き渡り、時折小鳥たちが綺麗なさえずりを聴かせてくれる。
昨日雨が降ったのか、少しぬかるんだ土で滑りそうになる。

「あった!」

もう少し向こうの木々が生い茂った先に岩場が見え、そこからは川のせせらぎが聞こえた。
急ぎ足で生い茂る草や木の枝をかき分け進む。

「わぁ…綺麗」

そこには綺麗に澄んだ水が流れ、
鳥たちや動物たちの憩いの場となっていた。
少し向こうの方では鹿が喉を潤しに来ている。
なんだか別世界のようで新鮮な感じだなぁ。
私は動物たちを驚かせないように、
距離をとって座り、履いてきたサンダルを脱いで足を浸した。

「わっ、冷た!でも気持ちいい〜」

思っていたよりも水の温度は低く、気持ちが良かった。
都会じゃ味わえない幸せだよね。
高校生にもなってすることじゃないけど、
誰も見てないのを良いことに、
私は足をバタつかせて小さく飛沫を上げさせる。
動物たちを驚かさないように、本当に小さく。
タオルは持ってきてあるし、何も心配はない。
ただ、服だけ濡れないようにしないと。

「みぁー」

ん?
今なゆか鳴き声が…。

「みぁーみぁー」
「あ!ありゃりゃ、どうしたの」

声のする方へじゃぶじゃぶ進んでいくと、小さな子猫が岩の上で鳴いていた。
どうやら自分で登った岩から降りれなくなってしまったらしい。
母親は…あ、いた。
草むらの陰から、こちらの様子を伺っている。
そうだよね、人間がいちゃ警戒するよね。

「大丈夫だよ、私は何もしないから。ちょーっとだけ、大人しくしててね」
「みぁー」

言葉を理解してるんだか、警戒してるんだか分からないけれど、とりあえずは大人しくしてくれるようだ。
私が両手で子猫を持ち上げると、子猫は不安そうに鳴いたが引っ掻きはしなかった。

「お母さんの近くに降ろしてやるからね、もうちょっと我慢してて〜」
「みー!」

…元気の良い返事だ。
私はなるべく怯えさせないように、ゆっくり慎重に進む。
お母さんもじっとこちらを見て、行く末を見守っている。
そんな睨まなくても大丈夫だよ。
取って食おうなんて考えてないですよ。

「はい、着きました!もう無理しちゃダメだよ?」
「みぁー!」
「ん、よしよし。ほら、行きな」
「みー!」

降ろしてやると子猫はお礼を言うかのように、私の後に続いてタイミングよく鳴いた。
やばい、猫ってこんなに可愛いんだ。
小学生の時、友だちの家の猫によく威嚇されてたから、あんまり良いイメージはなかったけど、あの子猫のおかげでそのイメージを払拭できたな。
うん、飼うなら猫もありだな。
なんて一人で考えながら、母親の元へ猛ダッシュしていく姿を見守る。
そうして子猫は母親と一緒に草むらの中へと消えていった。
お母さんも大変だね。

「子どもってやんちゃなんだよね、人間に限らず」

私も小さい頃は色々やらかしたなぁ。
その度に親を困らせてたっけ。
黒歴史ばっかりだけど、それも良い思い出だな。

でかい独り言を漏らしながら、また元いた場所へと戻る。
あ、そうだ。
今何時くらいだろう。
おばあちゃんに何時に帰るかも言ってなかった。

「えーっと、携帯はどこだっけ。…ん?」

ふと、先ほど子猫を降ろしたところからガサガサと音が聞こえ、反射的に顔を上げる。
さっきの子猫かと思ったが、それは意外なお客さんだった。

「えっ…と。こ、こんにちは?」

拝啓お母さんとおばあちゃん。
森に入る前に、狼と遭遇した時の対処法を調べておけば良かったです。
この時の私は、のんきに挨拶する方法しか思いつきませんでした。



  
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -