兎と狐の月光祭
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「……おまえ、炎狐か?」
「まぁね」
 ユタの問いかけに、女は素直にうなずく。薄々とは勘づいていたが、やはり炎狐は女が変化した姿だったらしい。
「中々の男前だし、脱ぐと意外にいい身体をしているな」
 女はいたずら好きの子供の目で、ユタの身体をじっくりと観察してきた。両の目に浮かぶあからさまな好奇心を隠そうともしない。
 自分がなにか珍しい生き物になったようで、ユタは少し気持ちが悪くなった。
 男が珍しいのか? そんなことはないと思うが……。
 そこでユタは、自分が全裸であることに気づいた。ついでに寒い。
 あわてて炎狐が頭に被せてきた布を羽織る。よくよく見れば、布はユタの着ていた衣だった。わざわざ炎狐が持ってきてくれたらしい。
 炎狐の姿のときから、半ば衣を身につけていた女は早々にと着つけを終えていた。
 きちんとしめた帯が、腰の異様なまでの細さを際立たせている。視線を下ろせば、ぼろぼろになった衣の裾からのぞく脚も、枯れ木のように細いことがわかる。
 先ほどまで悠然と地面の上でくつろいでいた炎狐と同じものだなんて、にわかに信じられなくなってきた。
 ユタは、女が炎狐であるということを疑問に思わずに受け入れてしまっていたが、よく考えてみれば、かなり奇怪な話である。
 ユタ自身が兎に変化したことも、人伝に聞いたことなら、「そんな馬鹿な」と笑ったことだろう。
 そんなことが現実に起こってしまったのだから、笑えない。
 女は包みの中から帯やら下着やらを取り出し、ユタに渡してくれた。
 目の前に半裸体の異性がいるのだから、彼女にもっと恥じらいを持ってほしいと思う。それを口に出したい気持ちでいっぱいだったが、言葉にするのがなぜだかはばかられた。
 女はそんなユタの心を知ってか知らずか、ずっとにやついていた。あまり細かいことは気にしない質なのかもしれない。

「しかし、最初に見たときから思っていたんだが、その兎の耳は笑えるな」
 少なからず笑いを含んだ女の言葉に、ユタの動きが止まった。衣に袖を通してから、そっと耳の上に手をやってみた。
 指先に伝わる、短い毛が生えていて温かい感触。兎の耳は、しっかりと生えていた。ついでにいうと、人間の耳は消えていた。
 しかし、人間の姿に戻れただけでも幸いだろう。
 女は腕を組み、ふふん、と鼻を鳴らす。
「贄兎にとり憑かれたままみたいだな。来年の月光祭の日か、それとも次の満月か、それとも月の出る夜すべてかわからないが、あんたはまた兎になる」
「本当か?」
「多分な。私も月光祭の夜だけ、炎狐になる」
「……おまえも普通の人間なのか」
 ユタが立って帯を巻きながら女を見つめると、彼女は真面目な顔でうなずいた。
「ああ。私には狐の耳はないが、似たようなものはついているぞ」
 そういって、衣の裾をぐいとたくし上げた。
 露わになる白いももにユタは赤面しつつ目をそらそうとしたが、それ以上にもっと気になるものを、女が尻の辺りからひっぱり出してきた。
「……しっぽ?」
「そうだ。きれいだろ? うらやましいだろ?」
 女が声を上げて無邪気に笑う。
 ユタは素直にうなずいた。
 確かに美しいしっぽだった。女が自慢したくなるのもわかる。毛は炎狐の名にふさわしい焔の色、しかも密度が高く毛足も長い。毛皮屋に売ったら、最上級の値をつけてもらえるだろう。
 女はユタの反応に気分をよくしたのか、満面の笑顔を向けてくる。
「あんたの耳もかわいいよ」
「……ほめられても嬉しくない」
 ユタは苦い顔をした。「かわいい」は男に対するほめ言葉ではない。
 兎になってしまうのは不便だし、何もかもが恐ろしくなる。しかし、変化してしまうことについては、条件さえわかれば対策はいくらでも考えられるだろう。
 だが、兎の耳がついたままなのは恥ずかしくてたまらない。人に見られないよう、細心の注意を払って生きていかなくてはならないし、もし人に見られてしまったら、恥ずかしさで顔の血管がはじけ飛んでしまうかもしれない。


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© NATSU

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