兎と狐の月光祭
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 ユタはあまりよくない想像を振り払うべく、話題を変えることにした。
「そういえばなぜ、おまえは俺を助けたんだ?」
「何て答えればあんたは喜ぶ? 一目惚れしたから、とか?」
「……真面目に答えてくれ」
 明らかにふざけた口調の女に、ユタは疲れをはらんだ声をもらす。
 昨夜散々な目にあったせいで、大分肉体的にも精神的にも疲労がたまっているのだ。何で彼女はこんなにも元気なのだろう、とユタは思った。
 女は一瞬きょとん、とした顔をして、それからユタの顔色を読み取ったのか、ばつの悪そうな顔をした。
 きっと、衣の下のしっぽはたれているに違いない。そう考えると、少しかわいらしい。
「だって、あんたは人間なんだろ?」
 女は、先ほどよりも少し落とした声音で問うてきた。
 ユタは何でそんな当たり前のことをきいてくるのだろう、と首をかしげる。
「? もちろん、俺は人間だ」
「私は人間を食べたくはない」
「どういうことだ?」
「炎狐は捧げられた贄兎を食べねばならない。だから、あんたが村人に狩られる前に、かっさらってしまおうと思ったんだ。そうすればあんたを食べなくてすむからね」
 そういって、女は歯を見せて笑った。してやったり、と表情が語っている。
「いくら兎の姿をしていたって、元々は人間。しかも、久々にまともな会話をした奴を食わなきゃいけないなんて、なんとも胸くそ悪い話だと思わないか?」
 女の問いかけに、ユタは一応うなずいた。
 絶対に食べたくはないとは思わないが、確かに気味の悪さは感じる。女はそのようなことに対して、ユタよりも強い嫌悪感を持っていたのだろう。
 何にせよ、女が炎狐であったおかげで、自分は助かったのだ。感謝しなければならない。

 ユタは女に軽く頭をさげる。
「理由は何であれ、ありがとう。命拾いした」
「いや、礼はいらない。私にとっても、都合のいいことがあったからな」
「都合のいいこと?」
 ユタが不思議そうに女を見下ろすと、彼女は顔にかすかな笑みを浮かべた。顔の筋肉の動かし方が小さくなるだけで、急に大人っぽい雰囲気になる。
「……炎狐ってのはね、依代に選ばれた人間にとり憑くことで肉体を得ることのできる、いわゆる神霊のことだ」
「おまえは炎狐の依代か」
「ああ。おまえも贄兎の依代といえば依代だ」
 正確には呪いじゃないのだろうな、と呟きながら、女はユタの耳をつつく。
 軽くさわられるのは思ったよりも不愉快で、ユタは軽く顔をしかめた。女はそれを見るとすぐに手を引っ込め、話に戻る。
「私は小さい内に両親を亡くして、『ちょうどいいから』といって依代となるべく育てられた」
「依代になるというのは、親にとって好ましくない話なのか?」
「さぁな。そもそも、依代に選ばれるのはずっと孤児だったから、そういう風習になった、というのが普通の見解かな。ま、依代が幸せな生活を送れないことはみんな知っているから、実際のところはどうなのやら」
 女は髪をかき上げながら、ため息を吐く。
「依代は狭い祠に閉じこめられて、一日に一食しか与えられず、月光祭の日にしか外に出ることを許されない。食事や風呂の係の奴としか顔を合わせることはなく、おまけに話しかけても無視される。頭がおかしくなりそうな生活だ。実際、依代は気が狂って死ぬ奴が多い。天寿をまっとうできる者は、まずいないな」
 どおりで、とユタは納得する。
 女の体つきが妙に細く、色が白い理由がわかった。それでも女が健全に見えるのは、生来の性格なのか、それとも依り代に選ばれてからあまり年月を重ねていないのか。
「先代の依代が死んだのが、私が十五のときだ。ずっと祠に入れられていたが、そろそろ限界が近いことに気づいた。外の世界で生きることをぼんやりと夢想していたらおまえが現れ、祠から逃げ出す契機となったわけだ」
 私にとっても都合のいい話だろ? と女は首をかしげてくる。見上げてくる瞳がなんとも嬉しげで、ユタは思わず首肯してしまった。


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