兎と狐の月光祭
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「あんた、月が出たら贄兎になってしまうと思うぞ」
 女のその言葉に、ユタは凍りつく。冗談だろ、と言いたかった。
「ちょ、ちょっと待て……俺が兎に?」
「ああ。贄兎は兎だからな、よく山の獣に食われてしまうらしい。それじゃ困るから、贄兎を食った動物が、今度は贄兎になってしまう。そういう呪いだ」
 ユタは女の顔を、まじまじと見つめる。明らかにおもしろがっている目だ。
 もしかして自分は、からかわれているのだろうか? しかし、兎の耳は確かに生えている。
「人間が贄兎を食べた、というのは初めて聞くな。あんたはお社の出身か? 大抵の動物は贄兎を食べてしばらくすると、完全に兎になってしまうんだが、あんたは耳が生えてきただけだ。呪いやら憑きものに耐性があるんじゃないか?」
 ユタはわからない、と首をふる。自分の生まれた家については、あまり覚えていない。
 それよりも、女の話の方が気がかりだった。真実だとすれば、とんでもないことになった。
「まぁ、耳が生えてしまっている時点で、完全に贄兎の霊力に抗うことはできないようだけどね。今夜は満月だ。月の魔力で霊力は増し、あんたは贄兎の呪いに負けるはずだ」
「どうすれば一体……」
「とりあえず、兎になったら村人から逃げることだね。捕まったら殺されて、そのまま炎狐に捧げられてしまう」
 女は楽しそうにくつくつと笑う。ユタは全然おもしろくない。
 それどころか、胃がぎりぎりと締め付けられる感じがした。夜に向かってだんだん暗くなる世界が、自分の中に浸食してくるようだった。

 ユタははっとして辺りを見回した。とっくに陽は沈んでいた。空は桃色から紫色に変わろうとしている。
 あと少しで秋の長い夜が始まり、月ももうすぐ姿を現すだろう。
「生き延びたかったら逃げるがいいよ。ここにももうじき人が来る。早くそこいらの茂みに飛び込みな」
 ふわりと、かいだことのない香のにおいがした。濃厚なにおいが鼻腔を満たし、ユタは頭がくらくらとしてきた。
 ふわりふわり、と現実感が薄れていく。
 手足が冷たい。それを知覚すると、全身が圧縮されるような感覚に襲われた。
 森の木々はぐんぐんと高くなり、その間から、小さく白点が見えた。
「月は現れた。祭りが始まる」
 高いところから、女の声が降ってきた。
 ユタは着ていた衣の間から抜け出し、一目散に最寄りの茂みへと飛び込む。
「ま、せいぜい遠くまで逃げな。村の周辺には、どこにいっても男たちが潜んでいる。奴らも必死さ、早く酒が飲みたいんだから」
 枯葉をかき分ける音と自分の鼓動で、女の言葉はあっという間に聞こえなくなった。


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© NATSU

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