兎と狐の月光祭
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 村は喧噪に包まれていた。
 山間の辺境の地ゆえ、寂れた里だと思い込んでいたユタは少し面食らう。
 舞い散る紅の葉の向こうで踊るように駆け回る、子供たちの衣が西日に映える。
 人々の笑い声の他に、笛や太鼓、鈴の音が聞こえてくる。
 どうやら、今日は祭りの日らしい。季節的に考えて、おそらく収穫祭だろう。
 もしかしたら、祭りのごちそうのおこぼれに預かれるかもしれない。
 ユタは胃の張りも大分落ち着いた腹をさする。兎が寄ってきたのも、今日が祭りだったからなのかもしれない。
 風が吹き、地面に落ち葉が舞い上がる。
 ふと、頭部に違和感を感じた。頭の両脇に取り付けられた、なにかが揺れているような感覚だ。
 今日は何もかぶっていないのに、と不思議に思いながら、ユタは頭に手を伸ばしてみた。
 少し温い、柔らかいものが指の先に触れた。何だろう、と思いつつ、それをつかんでみる。
 細く滑らかな毛が、手のひらをくすぐった。引っぱってみると少し痛い。どうやら、その柔らかいものは耳の上の辺りから生えているらしい――。
 ユタは小さく叫び声を上げた。耳だ!
 手のひらにあまる長さがあることから、多分兎の耳だ。
 呪われた、と思った。耳が生えてきたのは、先ほど食べた兎の呪いなのだ。ひょっとしたら、兎は山の神の御使いだったのかもしれない。
 やばいことをした、とユタは背中が冷たくなるのを感じた。

 ユタが落ち込んでいると、向こうから人がやってきた。果物のたくさん入ったかごを抱えた、中年の女性だ。
 ユタはあわてて腰にさげていた手ぬぐいを頭にかぶり耳を隠す。そして隠れる場所を探して走り出した。
 すれ違いざま、女性が驚いた顔で走り去るユタを見ていたが、気になんてしていられない。
 自分の現状を落ち着いて考えられるような、一人になれる場所へ早くいかなくてはならない。
 人のたくさんいる表通りを避け、村の外れへと突き進んでいく。
 たまたま目についた細い石畳の道へ飛び込み、鮮やかな色彩の山へと向かう。
 整備された道はいつしか獣道へと変わり、足を踏み出すたびに道ばたから鈴虫やこおろぎが跳び出してくる。
 強い風が、頭に巻いた布を吹き飛ばした。兎の耳が大きく揺れるのがわかる。
 それでも、ユタは走るのをやめなかった。
 周りにある木々の密度が増し、このままいくと森に突入するのだろう。

 しかし、予想とは反して突然視界が開けた。
 ユタはやっと立ち止まった。肩で息をしながら、本当に耳の上に兎の耳があるか確認する。
 生温かく、ぐんにゃりとした感触が、手のひらに伝わってくる。それを思い切り握りしめると、鈍い痛みが走った。
 上り坂を走ったせいで暴れる心臓も、悪い夢ではないことを如実に現している。
 深い、深いため息を吐いてから、ユタはゆっくりと辺りを見回してみた。
 そこは森に食い込むようにしてできた、丸い広場だった。
 広場へと入る道の正面に、古びた祠がある。その扉は閉ざされ、なにかを封じているらしく、札が大量に張られていた。
 今にも崩れそうな木の格子には、鮮やかな赤い布が結びつけられ、まるで炎のように風で踊っている。布は風雨にさらされた様子はなく、まだ新しいようだ。周辺の雑草もていねいに刈られ、つい最近誰かが手入れにやってきたようだ。
 だが、辺りに人の気配はない。
 ユタは広場の真ん中にまで足を踏み込み、背後を振り返ってみた。
 先ほどユタの通った道は背の高い雑草と枯葉に遮られ、ここからはよく見えない。
 少し視線を上げれば、木に視界をはばかれる角度は多いものの、村が見下ろせた。赤や黄色の衣を着た人々が、広場を蟻のようにせわしなく動き回っている。
 太陽が反対側の山の際に近づき、大分暗くなってきた村の道にぽつり、ぽつりと橙色の灯りが点っている。
 ここに来ても、人々のざわめきや、楽器の音がよく聞こえる。兎の長い耳は、ささやかな音もはっきりと捕らえるようだ。


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