兎と狐の月光祭
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 それを見た女は表情をさらに明るくさせ、人の悪い笑みを浮かべてユタにつめ寄ってくる。
「あんた、旅人だろ?」
 急に柔らかくなった女の声に嫌な予感を抱きながら、ユタは一歩後ろに下がる。
「そうだが……それが?」
「村に戻ったらまた祠に閉じこめられる。だから私を連れて行け」
 女は笑顔でいい放った。彼女の心の底を探るような視線に、ユタは少し嫌な顔をした。
 はっきりいって、ユタの旅に道連れはいらない。しかも、確実にお荷物になるだろう。
 女はずっと祠に幽閉されてきたわけだから、旅に必要な体力があるとは思えない。
 兎に変化したときに荷物は全部放置してしまったわけだから、金も武器もない。
 ユタは小さくため息を吐いた。
「おまえな……村の外は危険なんだぞ。食べ物や水はその辺から調達できるからいいとして、この季節の野宿はきついし、熊に襲われる危険性もある。そもそも、大した距離歩けないだろ。村に戻った方が、長生きできる可能性は高い」
 ユタはやんわりと女を説得しにかかる。ずっと一人で旅をしてきたから、誰かと一緒にいるなんて、落ち着かない。
 女はユタが話している間は真面目に聞いてくれたが、台詞が終わるとすぐに自身に満ちた笑顔に戻った。
「体力に関しては多分大丈夫だ。炎狐の力の影響か、見た目よりはずっとある。夜におまえをくわえて走ったのは誰だったか覚えているか?」
 ユタの脳裏に、炎狐に首根っこを食いつかれ、ふり回された記憶がよみがえる。
 確かに、炎狐はひたすらに走り続けていた。きっと、普通の狐よりも長く走り続けられるのだろう。
「それに、私はおまえを助けた。今度はおまえが私を助けてくれたっていいだろ?」
「だから『礼はいらない』というわけか」
「その通り」
 女はふふん、と鼻を鳴らす。
 勝ち誇った顔の女に、ユタは何もいえなくなってしまう。借りがあるからには断れない。
 しかし……。

「あ、そうだ」
 女が突然手を叩いた。
 くるりとユタに背を向けたと思うと、地面に放ってあった荷物の包みを回収する。それをユタに手渡すと、得意げに口の端をつり上げた。
 ユタが包みの中を見てみると、自分の財布と短刀、手ぬぐいと方位磁針にわずかな保存食、そして貴金属の装飾品がいくつか入っていた。
「これは……」
「あんたの荷物から、持って来れそうなものだけ持ってきた。鍋やら敷物はさすがに無理だったけどな。耳飾りやら腕輪やらは、祠から勝手に持ち出した。路銀の足しにはなるだろう?」
 驚くユタに満足したのか、女は嬉しそうに荷物の解説をする。
 辺境の村で、依代として育てられたわりには気のきく娘だ。旅人をていねいにもてなす習慣のある村らしいので、教養として一応仕込まれたのかもしれない。
 ユタは期待に満ちた目をしている女を見下ろす。彼女が衣の下で犬のようにしっぽをふっていると想像すると、少しおかしい気持ちになった。
 借りもあることだし、仕方がない。そう思った。

 ユタは長く息を吐き出した。やっと女を連れいていくことへの踏ん切りがついた。
「俺はユタという名前だ。おまえは?」
 ユタは荷物を包み直しながら、女に問いかける。
 彼女は目をぱちくりとさせた。ユタの顔と荷物を交互に何度か見て、やっとユタのいいたいことを汲んだようだ。満面の笑顔で答える。
「ミンだよ。よろしく頼む」
「ああ、こちらこそ。ところで、ミン」
「何だ、ユタ?」
 ミンが首をかしげる。ユタは大分明るくなった森の中を見回し、真顔で問いかける。
「ここはどこだ?」
「知らん」
 ずばりと言い切ったミンに、ユタは前途多難な旅の始まりを感じた。


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© NATSU

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