第1章・1−7 

 周囲の状況を一通り確認した私は、ゆるゆると息を吐き出した。誰も来ないなら、あせって男子生徒の上から退く必要もないだろう。
 私は男子生徒に体重を預けるように、身体の力を抜いていった。
 全然親しくない男子生徒に身体を密着させることに、まったく抵抗はない。
 男子生徒にはむやみやたらに清潔感がある。さらに、顔立ちも悪くなかった。むしろ整っている。見た目「だけ」に関しては、結構好ましい人間なのだ。
 私は男子生徒の肩に、わざと片頬を当ててみた。
 男子生徒には、しばらくマット代わりになってもらおうと思った。男子生徒のせいで、はしごが倒れたわけだし。まだ腰だって痛いし。
 ただ、あまり居心地はよくないけれど。
 でも、男子生徒に対する、ささやかな嫌がらせのために、多少の違和感は辛抱するつもりだった。

「……早くどけよ」
 私が一息ついていると、男子生徒が恨みがましい目で私をにらみつけてきた。
 男子生徒の目の縁がほんのりと赤いのは、身体の痛みのせいだろうか。それとも、私に押しつぶされている状況への羞恥心が原因だろうか。
「すっごく重いんだけど。圧力で口から内臓が出てきそう」
 私が男子生徒をどうか調理してやろうか考えあぐねていると、男子生徒は女子に対する禁句をためらいなく口に出してきた。
「あんた、ぱっと見やせてるけど、実は内臓脂肪ついてんじゃないの?」
 さらなる憎まれ口を重ねながら、男子生徒は身を起こそうとする。けれども、筋力が足りないのか、上半身がわずかに持ちあがっただけだった。

 私が黙ってニヤついていると、男子生徒は遠慮なく舌打ちをした。
「あんたがなに考えてんのかわかんないけど……。とりあえずさっさとどかないと、だれかに見られるよ」
 諭すような口調だった。同時に、切実な響きもあった。
 私は男子生徒の上に倒れこんだまま、のどかな所作で首をかしげる。
 残念ながら、私はこの際どい体勢をだれかに目撃されても、いっこうに構わなかった。どうやら、私は生まれながらにして、羞恥心に乏しいらしい。

 私はあっけらかんとした表情を作りながら、男子生徒に問いかけた。
「この状況になにか問題あるの?」
「あるに決まってるだろ」
 まったく動じていない私に、男子生徒は焦れているようだ。男子生徒の顔に苛立ちの色が浮かびはじめる。
「暑苦しいし、邪魔だし、うっとうしいし。あんた、なんでどかないんだよ?」
「嫌がらせ」
 私はしれっと本音を口にした。
「なっ……!」
 どうしようもなさすぎる理由に、男子生徒が口をパクつかせた。いつまで経っても罵声が返ってこないあたり、どうやら男子生徒は返す言葉を失ってしまったらしい。
 ちょろいなぁと、私はますます表情をほころばせた。
 唖然としている男子生徒を眺めているうちに、もっと相手をからかってやりたい気分になってきた。

 私は相手に気づかれないようにそっと足を浮かせ、男子生徒の身体に体重をかける。
 肺が圧迫されたのか、ぐぅ、と男子生徒ののどが鳴った。咥内にたまった唾を飲み込んだらしく、男子生徒の尖った喉仏が大きく上下した。
 私は頭の下で腕を組み、悠然とほほえみを浮かべながら、男子生徒の顔を見つめた。
「ほら、私とキミの心臓の音が重なってるよ……?」
「んなわけあるかよ!」
 イタズラっぽい私の台詞を、男子生徒は強い口調で否定した。
 気が立ってるのか、男子生徒の頬は軽く上気している。眼鏡がないせいで若干幼い印象になった顔が、血色がよくなったことによってますます子どもっぽくなった。
 まあ、男子生徒がイライラするのは当然だろう。私は相手を挑発しているのだから。さっき角タイを引っぱられた仕返しだ。

 私が満足してニヤニヤしていると、不意に、男子生徒が薄いくちびるの端を吊りあげた。白い顔からはすっかり赤みが引き、元の情の薄そうな顔つきに戻っている。
 ……なんで笑うの?
 私はきょとんとしながら、頭を持ち上げて男子生徒の顔を見返した。相手を警戒して、てのひらを床につき、いつでも逃げられるように身構える。
 人間が急に笑顔になるのは、たいてい悪だくみをしているときだと、私はよく知っていた。なぜなら、だれかに嫌がらせを使用としているとき、私も自然と笑みをこぼしてしまうから。

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