第1章・1−6 

 もう我慢できない。私は男子生徒の手を強引に引っ剥がしにかかかる。
「とりあえず離して」
 私は半ばあえぐように早口で訴えながら、角タイを引っぱる男子生徒の手を強くつかんだ。
 男子生徒の手の甲は、気味が悪いほど冷たかった。ただ単に、私の体温が高すぎるだけかもしれないけれど。
「うわっ!」
 私のてのひらの感触にぎょっとしたのか、男子生徒は間の抜けた悲鳴をあげた。
 同時に、相手の手が跳ねあがる。私の角タイを、握りしめたまま。
 男子生徒によって、私の角タイがひときわ強く引っ張られた。
 首回りの強烈な圧迫感に、胃から吐き気がこみ上げてきた。このままだと、数時間前に食べたお弁当を吐きだしてしまいそうだった。
 急激に膨らんでいく嘔吐感に、へなへなと身体中の力が抜けていく。私は男子生徒に抵抗できずに、気がつくと深い前傾体勢になっていた。

 私の身体の重心が、男子生徒のほうへと移動したからだろうか。書架に立てかけられていたはしごが、ゆっくりと前方に傾きはじめた。
「え……!」
 あせった私は、はしごの上から離脱しようとした。けれども、ムリだった。
 あっという間に、私ははしごから投げだされた。床に落ちる前に、私の身体が逃げ遅れた男子生徒の胸や肩に衝突する。
 男子生徒を押し倒しながら、私は肩から床に突っ込んだ。床にぶつかった途端、目の前で無数の白い星が弾けた。
 少し遅れて、尻や背中を鈍器で殴られたかのような衝撃が走る。あまりに強い打撃に、背骨が軋んだ。
 なにか重たくて堅いものが、私の上に倒れ込んできたのだ。きっと、さっきまで私が座っていたはしご。
 はしごは私の背面を圧迫しながら滑り落ち、最終的には床に転がった。

「いったぁ……」
 私はうつぶせに倒れこんだまま、か細い声をもらしてしまった。
 肩も背中も腰も痛かった。さすがに骨折はしていないだろうけれど、強打した箇所が多すぎる。
 私の胴部の下でも、男子生徒が鈍くうめいていた。
 きっと、相手もそれなりにダメージを受けているはずだ。同じ年ごろの女子に、容赦なく身体を押し潰されているのだから。私は決して太っているわけではないけれど、細身の男子生徒にかかる負担は大きそうだった。
 けれども、私はしばらく立ち上がれそうになかった。腰をやられたせいで、身を起こす気力がなかなかわいてこないのだ。
 ちなみに、私がうつぶせになっている場所は、妙にやわらかくて生温かい。私の腹や胸の下に、男子生徒の肉付きの薄い胴体があるからだろうか。

 私は男子生徒に体重を預けたまま、現状について整理してみる。
 どうやら、私は男子生徒の身体に対して斜めの角度で、相手にのしかかっているらしい。
 真上から見たら、私と男子生徒の身体はX字を描いているはずだ。たぶん、私と男子生徒で、とっさに身をよじった方向が逆だったのだろう。
 おかげで、私たちの顔と顔とがドッキングせずに済んだ。本当によかったと思う。
 キス程度ならいいけれど、互いの顔面がぶつかり合った衝撃で前歯が折れたりでもしたら、さすがの私も笑えない。

 私は痛む腰を片手でさすりながら、顔を脇に向けた。
 あおむけに倒れた男子生徒の横顔が、視界に飛びこんできた。
 男子生徒は顔をしかめたまま、天井を食い入るようににらみつけていた。こちらをまったく見ようとしない。私の視線には気づいていないようだ。
 相手は私に文句さえ言ってこなかった。もしかしたら、はしごが倒れてきたときの衝撃が、まだ抜けきってないのかもしれなかった。

 男子生徒に余裕がないのをいいことに、私は相手の渋面をじっと注視し続けた。
 さっきまでとは、なんとなく顔の印象が違う……。
 と思ったら、眼鏡がなかった。倒れた拍子に、どこかに吹っ飛んでしまったらしい。
 いったい、眼鏡はどこに行ってしまったのだろうか。
 私は男子生徒の上に倒れ込んだまま、周囲の様子へと意識を移してみる。
 床すれすれの高さから眺める図書室の景色は、むやみやたらに新鮮だった。けれども、私の目に入る範囲内に、男子生徒の眼鏡は見あたらなかった。
 ついでに、私たち以外の人間の気配も感じられなかった。図書室の最深部でなにが起きているのか、わざわざ見に来るような人間はいないらしい。
 むしろ、図書室も奥で起きたささやかな事故に、だれひとり気づいていないのかもしれなかった。はしごが倒れたときに、私も男子生徒も、大きな声をあげなかったのだから。

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