第2章・3−8
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「あら、冬真くん。ちょうどいいところに来たわねー」
立ちあがった永野さんは、店の出入り口に向かってにこやかな声を放った。
冬真って、どこかで聞いたことのある名前だなぁ……。と思いながら、私はふり返って永野さんの視線をたどった。
げっそりとした顔つきの城戸が、こちらに向かって歩いてくるところだった。
「……なにが『ちょうどいいところ』なんですか」
城戸は生気のない声で、永野さんに文句をたれていた。
休日なのに、制服を着こんでいる。通学路との違いといえば、かばんが小さめのボディバッグなところくらい。本当に代わり映えのない人だ、と笹は胸の中でつぶやいた。
城戸は私たちのいる座席の二、三歩先まで歩み寄って、ようやく私の存在に気づいたようだった。
「げ、笹……」
苦々しくうめきながら、露骨に嫌な顔をしてくる。
渋い表情だが、水曜日に私が客として喫茶店を訪れたときほどは、身構えていないようだった。先日の私が、比較的おとなしかったからかもしれない。
「ああ、城戸。奇遇だねぇ」
私は口の端をつり上げてにやにやとしながら、城戸に向かって小さく手を振った。
みるみるまに、城戸の顔が不機嫌そうにゆがむ。
「なにが『奇遇』だよ……。あんた絶対、僕にちょっかい出すために来たんだろ」
「自意識過剰だよ、城戸」
私はゆるんだ調子で、険悪な空気を放つ城戸を軽く受け流した。
城戸は不満そうに口を開きかける。けれど、結局なにも言わずにその場を去ろうとした。
「あら、友だちだったの?」
私の背後を通りすぎて店の奥へと進もうとする城戸に、永野さんが声をかけた。
途端、城戸は立ち止まった。目をくわっと見開いて、永野さんと対峙する。
「ちがっ、そんなわけ……」
「おばさん安心しちゃったわ。冬真くん、友だちいないと思ってたから」
反論しようとした城戸を無視し、永野さんはほっとしたように言葉をかぶせてきた。
城戸は口をパクパクとさせているけれど、なかなか反論できずにいる。
永野さんの台詞も城戸の反応も愉快すぎて、私は思わず吹き出しそうになったけれど、必死で笑いを抑えこんだ。
バイト先のオーナーにまで友だちがいないと思われていただなんて、結構ひどい。ひどすぎて笑いが止まらない。
本気で安堵している様子の永野さんに、城戸はなにも言えなくなってしまったらしい。ただ、悔しそうにくちびるをかみしめていた。
城戸の顔をよくよく観察すると、片眉がぴくぴくと震えていておもしろかった。
「あんたが弁解しろ」と言わんばかりに城戸が私をにらみつけてきたけれど、私はあえて永野さんの言葉を否定せずに、ひたすら含み笑い浮かべ続ける。
私と城戸が友だち同士だと永野さんに誤解されていたほうが、私にとっては都合がいい。
それに、「城戸とは友だちじゃない」とオーナーに真実を伝えたところで、城戸がみじめな思いをするだけだろう。
「あ、ちなみに冬真くんは、私の甥っこなの。私のお姉さんの息子さんが冬真くんね」
永野さんは私と城戸が「友だち」だと判明して親近感を覚えたのか、城戸との関係を説明してくれた。
「へぇ、親戚なんですか……」
私は永野さんと城戸の顔を交互に見やりながら、しみじみとつぶやいた。
ふわふわとした雰囲気の永野さんと、シャープで神経質そうな印象の城戸。血がつながっているわりに、全然似てない。
「親戚じゃなかったら、冬真くんみたいな無愛想で気難しげな子は雇わないわよー」
うふふふふ、と軽やかに笑いながら、永野さんはさりげなくひどい台詞を口にした。
さっきから永野さんの城戸に対する扱いがえげつないような気もするが、これも身内特有の遠慮のなさなのだろうか。たとえば、私と陽太郎の間柄のような。