第2章・3−7 



 土曜日の昼下がり。私は履歴書を片手に『喫茶店・風蘭古』に向かった。
 これから面接だし、きちんとした格好のほうがいいと思って制服を着ていったけれど、果たして正解だったのだろうか。

 喫茶店のオーナーである永野さんは、三十代半ばくらいの女性だった。
 茶色がかった髪をサイドでふんわりとひとまとめにした、いかにもコーヒーや紅茶が好きそうな雰囲気のおば……おねえさん。この店は一応チェーン店らしいが、「雇われ店長」といった風情ではない。
 永野さんは白いブラウスに黒いスカート、そしてこの店のメインカラーと思しきモスグリーンのエプロンを合わせている。モスグリーンのワンピースに白いエプロンを重ねているウェイトレスとは、少し違った服装だ。

 私は店の奥の席に永野さんと向い合って座り、ひたすら相手の顔色をうかがっていた。……始終にこにことしていて、なにを考えているのかさっぱりわからない人だ。
「あらー、笹さん東園高校の生徒さんなのー。優秀ねー」
 永野さんは私の履歴書を眺めながら片手を頬に当て、のんびりとした調子で社交辞令を口にしてきた。
 私は「はぁ……」としか返せなかった。中学でも高校でも、テストの点数だけはいいほうだけれど、全国模試の成績優秀者常連である青地くんほど勉強ができるわけでもない。
「東園の生徒さんなら安心かなー、うちの甥っこも東園生なんだけど、みんな真面目らしいし。それに、礼儀正しい子が多いみたいだしねー」
 永野さんは面接とは思えないようなゆるい態度で、話を進めていく。
 どうやら私の通っている高校に対する永野さんの評価は、相当高いようだ。
 もしかしたら、同級生の城戸の勤務態度がすばらしいから、高校の評価まで上がってしまったのかもしれない。城戸は社会性も社交性もないけれど、むやみやたらに勤勉そうな雰囲気だし。

「笹さん字もきれいだしきちんとしてそうだしねー。うちの制服も似合いそうだから、もう採用でいいかなーって」
「あ、はい」
 履歴書から顔をあげて陽だまりのような笑顔を向けてきた永野さんに、私はうっかりうなずき返してしまった。すぐに急展開に頭が追いついて、「え……?」と疑問の声を口からこぼしてしまったけれど。
「今月いっぱいで、女子大生の子がやめちゃうからね、ちょうど女の子がひとりほしかったのよー。あ、週に三、四日くらい、土日祝日も含めて来てもらいたいんだけど、大丈夫?」
 永野さんはのんびりとしているけれど、異常なほどマイペースだった。
 バイトに採用されたくてやって来た私には、「まったく問題ないです」とうなずく以外に選択肢はない。
 私にとって都合のとてもいい展開なんだろうけれど、トントン拍子で事態が進展しすぎて、かえって不安になってきた。

「本部にいろいろ書類を提出しなくちゃいけないから、働いてもらうのは十月に入ってからになっちゃうと思うけど……。よろしくお願いするわー」
 永野さんは私の返事に満足したらしく、目を細めながら私の履歴書をテーブルに置いた。
 私は反射的ににっこりとほほ笑み返していた。とっさにすべての疑問を放棄して、「こちらこそよろしくお願いします」とお行儀よく頭をさげた。
 もう、あとは野となれ山となれ、だ。永野さんはやさしそうだし、私は結構要領がいいはずだから、なんとかなるだろう。

「あ、でも東園高校って十月頭に修学旅行だっけ? 笹さん、今二年生よね?」
「そうですけど……」
 急に話を切り替えてきた永野さんに、私はつい怪訝な声で返答してしまった。
 永野さんは両頬に手を当てながら、「ふむふむ」とうなずく。
「じゃあ、初出勤は十月半ばになるよう調整しとくわねー」
 朗らかな調子で、永野さんは私に伝えてきた。
 私はもう一度、「お願いします」と頭を下げた。

「もうひとり東園二年のバイトの子がいるから、来月頭はちょっと苦しいんだけどねー」
 ほんのりと困ったような表情を、永野さんは見せる。
 私は「そうなんですか……」と他人ごとのようにつぶやきながら、城戸のことだなと確信した。
「その東園の子って、城戸……」
 くんのことですか? と私が続けようとする前に、永野さんが「あら」と急に声を上げた。永野さんの両眼は私ではなく、店の入口のほうに向けられていた。

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