第2章・3−4
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「ロイヤルミルクティー、ホットのLサイズ、ミルクを特濃にチェンジして、ホイップクリームとスライスアーモンドと焦がしキャラメルシロップ、さらにマロンジャムを添えました。それと、夏季限定夏みかんピール入りチョコレートマフィンの、ホイップクリームとベルギーチョコレートシロップ添えでございます」
約十分後、城戸が今までに見たことがないほどの満面の笑顔で、注文の品を届けてくれた。
ちなみに、メニュー名は長すぎて、まったく覚えられなかった。いや、城戸の顔に釘づけで、城戸がなんて言ったのか、理解する余裕がなかった。
初めて見る城戸の全開の笑顔。幸福な酩酊感に襲われて、少し頭がくらくらとした。
城戸の輝くような笑顔の影に、ほんのりと毒針めいた棘と闇が隠れているのも、また魅力的だ。内面の屈折を反映した、あやしく刺激的な笑み。
けれども、テーブルの上に置かれた「城戸の好きな組み合わせ」のお茶とお菓子に視線を移した途端、私のささやかな幸福感は吹き飛んだ。
「うわぁ、すっごく濃厚そう……」
早速げんなりとしながら、私はぼやく。
目の前に置かれたお茶とお菓子は、一般の喫茶店では決して目にすることのなさそうな代物だった。
大きめのティーカップになみなみと注がれたミルクティーと、ごく普通のサイズのマフィン。
それらの上に、真っ白な生クリームがこんもりと添えられていた。ミルクティーやマフィンのぬくもりで、生クリームは炎天下のソフトクリームのように溶けかかっている。
おいしそうだ。けれど、飲み物とお茶菓子の両方から生クリームを摂取しなければいけないとなると、胸焼け程度では済まない気がする。
「ずいぶん濃厚そうだねぇ……。というか濃厚すぎないかなこれは……」
私は高脂血症に対する危機感を覚えながら、やんわりと城戸に抗議してみた。城戸の好きにしていい、と言ってしまった以上、あまり強く城戸をとがめるわけにもいかない。
「大丈夫、うちの生クリームは意外とさっぱりしてるから。北海道産の新鮮な生クリームを、ちょっと特殊なルートで仕入れてるんだ」
城戸は妙に得意げな顔で、私の遠回しな文句に応えてくれた。先ほどとは打って変わって、屈託のない表情をしている。
どうやら、ダブル生クリームは私に対する嫌がらせではなくて、本気で城戸のオススメらしい。悪気がないなんて、タチが悪すぎる。
「生クリームがさっぱりしてる分、ミルクを特濃にしたり、シロップを加えてみたりした。あ、ミルクティーにはサービスで練乳も加えてやったから、砂糖は入れなくていい」
城戸とは思えないほど明るい表情で、ミルクティーのオプションについて解説してくれた。
台詞がさりげなく上から目線なのは、私的には高ポイントだ。でも、山盛りの生クリームを前に瞳を輝かせている城戸は、どうも憎めない。
「……ねえ、城戸は普段からこんなにオプションをつけて、紅茶とかマフィンをたしなんでるの?」
私はげっそりとしながらも、城戸に問いかけた。絶対に笑顔が引きつっている自信があった。
どう考えても激甘かつ濃厚すぎる紅茶とマフィンのセットは、城戸なりの私に対する反撃としか思えない。手をつける前から、私の精神はダメージを食らっている。
城戸は「うん」とあっさりとうなずいた。
「売れ残りのマフィンがあって、なおかつオーナーが見てないときはね。オーナーがいるときにやると、『いろいろ入れすぎ』って注意されるし……」
「それは注意されて当然でしょ」
眉をしかめてため息をついた城戸に、私は柄にもなくツッコミを入れてしまった。
たぶん、オーナーが嫌がっているのは、生クリームやシロップなどの商材を、店員によって大量消費されることだけではないはずだ。
過剰なオプションによって、紅茶やマフィン本来の味がぶち壊されるのを避けたくて、城戸を止めたのだと思う。乳脂肪分や糖分の摂りすぎで、城戸の健康にも害がありそうだし。