第2章・3−3 

「ねえ、城戸」
 私はにこにことしながら、背筋を伸ばして城戸に顔を寄せた。
 城戸は軽く身をのけぞらせながら、「なんだよ……」と消え入りそうな声で返事をした。明らかに警戒している。
「なんか城戸のオススメのメニューある? 私、初めてだからなにを頼んでいいのかわからなくて……」
 私が小首をかしげながらかわいらしく訊ねると、城戸は露骨に嫌そうな顔をした。眉間にくっきりとした皺が刻まれている。

「いきなりなにがオススメか訊かれても……」
 城戸は渋い声で、乗り気ではない返答をしてきた。
 けれども、私が客である以上、邪険にも扱えないらしい。顎に手を当て、視線をさまよわせ、なにやら必死に考えこんでいる。
「正直、なにを頼んでもおいしいけどこの店」
 数秒間思考した後、城戸は私にまったく参考にならない回答をしてくれた。
 ただ、城戸の表情は真面目そのもので、私の相手を面倒くさがって、おおざっぱな返事をしたわけでもなさそうだ。

「ていうかあんた、どんなのが好きなわけ? コーヒー? 紅茶?」
 城戸は真摯な表情で、私に問いかけてきた。
 ごく普通に私と会話しようとする城戸に、私は思わずきょとんとしてしまう。
 社会性に乏しそうな城戸のことだから、たとえバイト中でも、もっと徹底的に私を避けてくるかと思っていたのに。意外と城戸はまともなのかもしれない。
「うーん……。紅茶のほうが好き、かな?」
 私は少しだけ考えてから、城戸に返事をした。コーヒーも飲めなくはないけれど、砂糖をカップにスプーン二杯分入れなければ無理だ。

「紅茶か……」
 城戸は顎に手を添えたまま、意味深な表情でうなずいた。黒々とした瞳に、なぜか光が宿っている。
 やがて、城戸は伝票とペンを構えなおし、まっすぐに私を見つめてきた。
「あのさ、大手のコーヒーチェーン店みたいに、オプションいろいろ付けてもいい? 紅茶ならけっこう飲むから、僕の好きな組み合わせで出すけど……」
 最初ははっきりとした口調で話しかけてきた城戸だけれど、言葉尻には力がこもってなかった。

 私は城戸の顔をじっと見澄ます。
 城戸は恥じるように目をそらしてしまった。もしかして、照れているのだろうか。
「城戸の好きな組み合わせ……」
 私は特に意味もなく、城戸の台詞の一部を繰り返してみた。なんとなく、かぐわしい響きのある言葉である。
 私の発言が気にさわったらしく、城戸はぎろりと私をにらみつけてきた。
「なんか文句あるわけ? オススメのメニューを訊いてきたのは、あんたのほうだろ」
 城戸は小声だけど荒い口調で、私につっかかってきた。ほんのりと頬が赤みがかってるのは、恥ずかしさのせいなのか、気が昂っているせいなのか。
 少しだけ感情的になった城戸を見て、私は生ぬるい笑みを抑えきれなかった。基本的にツンケンしているくせに、意外とかわいい人だ。

 私は自然な笑顔を保ったまま、頭を横に振った。
「文句なんてあるわけないよ。私だって、おいしいものを求めてこのお店に入ったわけだし」
 ちなみに、「おいしいもの」とは城戸のことだ。別に、城戸を食べたいと思っているわけではないけれど。私は決して肉食系ではない。
 純情な私は、城戸と言葉を交わせただけでだいぶ満足していた。
 目の前に城戸がいる現状は、けっこうしあわせ。まるで、恋をしているみたいだ。
 実際は、まだ恋には至っていないと思うけれど。城戸を前にしただけでは胸はドキドキしないし、城戸が私好みのサドなのかもわからないのだから。
 ただ、城戸が最近の「お気に入りおもちゃ」であることは確かだった。

「お金もそこそこ持ってきたし、お茶菓子も城戸が選んでくれたらうれしいな」
 城戸の好きなお菓子に興味があった私は、さりげない口調で城戸に頼んでみた。相手が断りづらくなるよう、きらきらとした純情そうな笑顔を心がけながら。
 途端、ついさっきまで真一文字に結ばれていた城戸の口の端が、不穏につりあがった。
「ふぅん……。お菓子も僕が選んでいいんだ」
 城戸にしては、妙にはずんだ声。ただし、そこはかとなく暗くてねっとりとした響きがある。
 ほんのりと嫌な予感がしたけれど、いまさら引き下がるわけにもいかない。
 いったい城戸がどんなお菓子を選ぶのか不安だ。けれど、城戸いわく、この店では「なにを頼んでもおいしい」らしい。とんでもない展開にはならないだろう。それに、人生には多少刺激があったほうがおもしろいし。

「うん、楽しみにしてる」
 私はいろんな意味でわくわくとしながら、城戸に応えた。

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