第2章・2−6 

「城戸があんなに怖くなったのって、やっぱ月岡先輩が原因なのかな……」
 青地くんとふたりで無駄にしんみりとしていると、不意に青地くんが知らない名前を口にした。
「……つきおか、センパイ?」
 私は青地くんの発言に、すかさず食いついた。城戸は誰とも関わりを持っていないと思っていたから、第三者の名前が出てきて内心驚いた。
 青地くんは一瞬しまったと言いたげな顔をした。けれど、すぐに普段のふわふわとした笑顔に戻る。

 月岡先輩なる人物について、青地くんはあまり触れたくなかったのだろうか。そう思ったけれど、青地くんは案外あっさりと月岡先輩について説明してくれた。
「城戸の友だち……なのかな、あの人は」
 頭をわしゃわしゃと掻きながら、青地くんは首をひねった。やわらかくて細い髪質なのか、頭のあちこちに逆毛が立っている。
「強いて言えば師匠、かなぁ?」
「ふぅん……」
 心もとなさそうに答えた青地くんに、私は納得したような、していないような声をこぼした。

 いきなり城戸の『師匠』が会話に登場しても、青地くんの回答が不明確だから、さっぱりピンとこない。あえて『師匠』と呼ぶくらいだから、月岡先輩は城戸のアニキ分みたいな人なのだろうか。
 どこからどう見ても文化会系の城戸が、筋骨たくましいいわゆる『アニキ』を慕っている光景は、まったく想像できないけれど。

 青地くんは慎重な口調で話を進めていく。
「月岡先輩は俺たちの中学のひとつ上の先輩で、うちの高校に通ってる……はず」
 相変わらず青地くんははっきりとしないしゃべり方だった。
「『はず』?」
 私が青地くんの言葉尻を取りげると、青地くんは「うん……」と自信なさげにうなずいた。
「たぶんまだ在校していると思うんだけど……。去年の夏にカナダだかメキシコだかアルゼンチンだかに留学して、そのあとどうなったのかよくわかんないんだよね」
 青地くんは眉を下げ、「城戸に訊く機会もないし……。最近、俺の顔見ただけで露骨に逃げるんだよね」とため息をついた。

 視界の端で陽太郎が肩をすくめる。
「覚くんでさえ避けるって、城戸くん、笹ちゃんには攻略不可能なんじゃないの」
 陽太郎は私の肩をぽんと叩いた。青地くんから視線をはずして陽太郎のほうを向くと、陽太郎は人のよさそうな顔つきで、妙にニヤニヤとしながら私を見上げていた。
「まあ、せいぜいがんばりなよ。たまには落ちこんでる笹ちゃんも見たいしさ」
 陽太郎は朗らかに笑いながら、私の肩をもう一度叩いた。顔つきは明るいのに、口元がほんのりとゆがんでいる。なにかよからぬ感情だか考えだかを、腹の底に抱えているようだ。

 私は怪訝な想いをこめて、陽太郎を見すえた。
「……陽太郎はなにがしたいわけ?」
 さっきから陽太郎は、私と青地くんの会話をちょくちょく邪魔してくる。私をストーカー呼ばわりする一方で私の背中を押したりと、言動にちっとも一貫性がない。
 陽太郎は私の肩をつかんで、ないしょ話をするように顔を寄せてきた。
「なにをしたいって、昨日言ったとおりだよ」
 子どもっぽいけれど邪気のある笑顔みを浮かべながら、陽太郎は私にささやいた。

 私は「あー……」と生返事をした。
『覚くんと笹ちゃんが仲よくなったらイヤだから』
 昨日、陽太郎が私に告げた言葉が、耳の奥によみがえる。
 陽太郎は大好きな青地くんを私に取られたくないから、厄介者の私を城戸に押しつけたいのだろう。席を立たずに私と青地くんの会話を聞いているのは、私が青地くんに心が傾かないか警戒しているのだと思う。
 ずいぶんと女々しいけれど、陽太郎なら十分にあり得る話だ。

「ただ、笹ちゃんがなにをしでかすか、不安でもあるけどね」
 陽太郎は私から顔を離し、すました顔で付け足した。
 人なつっこい面持ちだけれど目つきは鋭い陽太郎に、私は鼻で軽く笑う。
「もうそこまで子どもじゃないから、心配しなくていいって」
「どうだかね」
 陽太郎もせせら笑いながら、私の発言に首をかしげた。
 いまいち私を信用していない態度の陽太郎と、私はしばらく笑顔で見つめ合った。
 小学生のころ、気になっている子相手にいろいろやらかしたから、陽太郎が懸念するのも無理はないのかもしれない。
 でも、早くも城戸に対して一発二発ぶちかましているから、すでに手遅れだ。さらに、城戸にあと十発くらい爆弾発言をして、相手を屈服させる気で満々でもあった。

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