第2章・2−5
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私はポケットからケータイを引っ張り出して、城戸の住所や出身校をメモした。せっかく青地くんから入手した情報を、ひとつたりとも無駄にはしたくなかった。
「城戸の家族構成とか、交友関係とかはわかる?」
陽太郎のせいで横道にそれた話題を、今度は私が正した。まったく、陽太郎は空気を読んで、図書館にでも行けばいいのに。
私の不満を知ってか知らずか、陽太郎は気味悪そうに私を見ながら、「うわ、ガチでストーカーじみてる……」とぼやいた。
本当に陽太郎は私に対して容赦がない。まあ、急にやさしくされても怖いけれど。
青地くんは妨害をやめない陽太郎なんて気にもとめない。
「城戸の家族構成はご両親と、お姉さんがいたような……?」
上のほうを向いて、私のために一生懸命城戸に関する記憶を引っぱり出そうとしてくれている。
まったく、青地くんには頭が下がる気持ちでいっぱいだ。
私が自意識過剰なだけかもしれないけれど、青地くんは私に好意を抱いているっぽい。なのに、別の男子の情報を提供してくれるだなんて、親切すぎる。根が素直なのだろうか。
青地くんに対してなにも悪いことはしていないはずなのに、胸の内で罪悪感が芽生え始めていた。心臓の周辺がちくちくと痛む。やっぱり、善良な人は少し苦手かもしれなかった。
「中学の時点でお姉さんは大学出て働いていたみたいだから、だいぶ年上だと思うけど……」
青地くんは頭を掻きながら、苦笑いを浮かべながら付け足した。
城戸家については、小学生のころから城戸と同じ学校に通い続けている青地くんにも、よくわからないらしい。本当に青地くんは城戸とはただの同級生なんだな、と私は妙に納得してしまった。
「城戸のお姉さんはまだ家にいるの?」
私は一応、青地くんに訊いてみた。
ちなみに、城戸の家に押しかけるつもりは今のところまったくない。さすがに、敵の居城にひとり攻めこむ勇気はなかった。
青地くんは首を横に振って、「もういないと思うよ」とあいまいな返答をした。
「最後にお姉さんを見かけたのは小学生のころだし、大学に入ってからずっと一人暮らしなんじゃないかなぁ?」
「つまり、両親がいない日は、城戸は家にひとり……」
私はひとりごちながら、大きくうなずいた。陽太郎がうろんな目で私を見てきたけれど、もちろん放っておいた。
「で、交友関係は……」
青地くんは私に視線を戻して、ますます困ったように首をひねった。
「中学でも高校でも、特に友だちはいなかったように思うけど」
かたわらで陽太郎が「ぶっ」となにかを吹き出したけれど、きっと気のせいだ。
「え、ちょ、中高ぶっ通しで友だちいないって……えっ」
「うん、想定内。城戸って一匹オオカミっぽいし」
目を白黒させる陽太郎をよそに、私はしたり顔でうなずいた。
青地くんも同意したように苦笑している。
城戸のツンケンととがりまくった性格と態度を見るかぎり、城戸に友だちがいるとは思えない。
仕方なくひとりで学校生活を送っているわけではなく、わざと他人を突き放しているようにも見えるから、なおさらタチが悪そうだ。
かなりプライドが高いみたいだから、「友だちができないんじゃなくて、あえて友だちを作ってないだけ」などと強がっている可能性も大いに考えられるけれど。
「小学生のころは、おとなしいけどやさしい子だったのになぁ……」
青地くんはどこか懐かしむような疲れたような笑みを浮かべながら、なかばひとりごとのようにつぶやいた。
「そっか、城戸も反抗期かぁ……」
私も青地くんに便乗して、しみじみと声に出してみる。
従順だった子どもが凶暴化する主な理由は、反抗期だ。陽太郎も中学生のころは、「あのクソババァ、俺のエロ画像フォルダの写真を全部心霊画像に替えやがって!」と叫びながら、夜な夜な家を飛び出していたし。
それにしても、おとなしい城戸は簡単に想像できたけれど、やさしい城戸は全然イメージ出来なかった。
これからもっともっと城戸に関わって、城戸のいろんな面を見つけていけば、いつか「やさしい城戸」と触れ合う機会がやって来るのだろうか。
……私が城戸に関われば関わるほど、城戸は私を突き放しそうな気もするけれど。城戸の意外な一位面を見る前に、私の心が折れてしまうかもしれない。