第2章・1−6 

 私が発言してから、三十秒以上経過後。
 突然、城戸は勢いよく席を立った。城戸に蹴り飛ばされた椅子の脚が床を強烈こすり、教室内に耳をつんざくような大きな音が響いた。
 とうとう、城戸が爆発したのだ。

 触れたら一瞬で凍傷になりそうなくらい冷たい目で、城戸は私を睥睨してきた。
 凝縮された凍った空気が、私にまとわりつく。
「……帰れ」
 城戸は押し殺した声で、私に命令した。周囲には絶対聞こえていないだろう声量なのに、城戸の一言は私の鼓膜に突き刺さった。
 私は思わず口内にたまった唾液を、喉を大きく動かして飲み込んだ。
 どうやら、城戸は怒らせると怖い人種らしい。城戸の気迫が冷たく湿った塊となって、私の肩にずっしりとのしかかってくる。
「……もしかして、図星なの? 本当に、友だちいないの?」
 私は背中が強ばるのを感じながらも、遠慮のない語調で城戸に問い返した。
 無神経、あるいは怖いもの知らずだと一部で悪名高い私は、相手を怒らせても本気で怯むことはほとんどない。むしろ、火に油を注ぎたがる傾向にある。
 おかげでひどい目に遭った経験もあるから、ここ五年くらい自重していたのだけれど……。

 食い下がる私に大して、城戸はてのひらを机に叩きつけた。
 机が割れたと勘違いしそうなくらい、凄まじい音がした。どうやら、城戸の掌底の骨が机の天板にぶち当たったらしい。
 私の肩が、無意識の内にびくんと震えた。一瞬、心臓が止まるかと思った。
「帰れっつってんだよ!」
 城戸はそれなりに整った顔をぐしゃぐしゃに歪め、割れた声で私を怒鳴りつけた。
 さっきまでゆったりと本を読んでいた男子と同一人物だとは認識できないくらい、暴力的な怒声だった。

 私は胸の前で拳を握りながら、じっと城戸の顔を見上げる。
 さっきまで雪のように真っ白だった城戸の頬は、いつのまにか赤みを帯びていた。わずかに開かれたくちびるの奥では、強く歯を食いしばっている様子が垣間見えた。
 手負いのオオカミのような、敵意に満ちた城戸の目。
 私は「わかった」とあっさりうなずいた。
 ……いや、うなずかざるを得なかった。城戸の命令に従わなかったら、本気で殴られそうな気がしたのだ。
 これ以上城戸を追及したところで、得られる情報はないだろう。それどころか、城戸が爆発して、やけどを負いかねない。
 周囲の目もあることだし、さっさと退散したほうがよさそうだ。
 城戸には友だちがいないという事実を確認できただけでも、私にとっては大きな収穫なのだから。

「……帰るね」
 私は城戸に向かって、ひかえめにほほ笑んだ。
 心臓は相変わらず激しく鼓動を打っていた。内面を相手に悟られないよう、できるだけ身軽な動作で城戸に背を向ける。
 途端、私に向けられていた視線が瞬時に四方八方へ散っていった。まるで、ヒトの気配を感じた虫が、物陰に隠れるように。

 私は背筋を伸ばし、堂々とした足取りで城戸の席を後にした。
 城戸の憎悪に満ちた眼光が、私の背中にずぶりと深く突き刺さっているような気がした。
 なんだか、陽に灼けすぎたかのように、背面の皮膚がヒリヒリと痛む。熱いのか冷たいのかよくわからない、不快で落ち着かない感覚。
 だからといって、一目散に教室から逃げ出したり、逆に城戸を振り返ったりはしたくなかった。私にだって、なけなしの矜持はあるのだ。
 最後まで落ち着いた態度を貫き通さなければ、後々城戸に馬鹿にされそうな気がした。今後、城戸が私と口をきいてくれるかどうかは不明だけれど。

 教室を出るときに、百崎という顔見知りの男子とすれ違った。百八十センチ近い長身の、イヤミのない雰囲気イケメン。言いかえれば、おもしろみのない人間。
 余裕があることを周りの人間に示すためにも、私は百崎に悠々と会釈してやった。一応知り合いだし。
 百崎は面食らったような顔で、「あ、笹さん、おはよう」とあいさつを返してきた。
 私はこっそりと首をひねる。
 今は朝ではないから、「おはよう」ではない気もするけれど……。もしや、百崎は業界人なのだろうか。
 百崎に対していろいろと思うところもあったけれど、めんどうくさいからすべて無視して、私は廊下へと出ていった。

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