第2章・1−5
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言葉を発した後の城戸の口元は、きつく引き結ばれていた。私がじっと城戸の両目を覗き込んでも、城戸の瞳は揺らがなかった。おもしろくない。
「そっか」と気のない返事をし、私は城戸から視線をはずした。たぶん、これ以上城戸に話しかけても、ろくな返事はなさそうだ。
私がしゃべればしゃべるほど、城戸の心はかたくなに閉ざされてしまう。その過程がおもしろいといえば、おもしろいのだけれど。
でも、このままでは、城戸の情報を入手することができずに終わってしまう。そろそろいいかげん、城戸の懐柔を考えるべきかもしれない。
けれども、いったいどうやって城戸の内面を解きほぐしてやればいいのだろう?
挑発は得意だけれど、駆け引きそのものはあまり得意ではない私は、つい黙りこんでしまった。
私は脳の休憩も兼ねて、周囲を見渡してみる。さっきから私を見ている人間がいるらしく、首筋がピリピリとわずかにしびれていた。
案の定、私と目が合いそうになると、あわてて顔をそむける生徒が四、五人いた。
相手は机越しに向かい合っている女子ふたり組だったり、ひとりきりで椅子に座っている男子だったり。つまり、統一性がない。
私が城戸と話している現場は、F組の生徒の視線を集めているようだった。さっき、私がひとり教壇の上に立っていたときは、だれにも注目されなかったのに。
たぶん、城戸が他のクラスの女子と話している光景が、F組の人間にとって、とても珍しかったのだろう。
私だって、他のクラスの男子に教室で話しかけられた経験はなかった。だから、奇異の目で見られて当然なのかもしれない。
ただ、城戸の場合は、「だれかと話している光景が珍しい」と思われているような気もするのだけれど。
誠に失礼ながら、私のなかで、城戸はすでに「友だちがいない」というキャラが定着してしまっているのだ。
F組の生徒の興味を集めている事実から察するに、たぶん、私の城戸に対する見解はそれなりに正しいのだと思う。
私は腰をさらに丸めて、城戸の机に肘をついた。相手に逃げられない程度に、城戸に顔を寄せてみる。
「ねえ、城戸って友だちいるの?」
私は非常にストレートな問を、城戸にぶつけてみた。
明るく屈託のない口調でしゃべってみたけれど、もちろん、したたるほどたっぷりと悪意を込めてやった。
結局、私は城戸にケンカを売るしかできないのだ。いいかげん、駆け引きのスキルを高めていくことを本気で考えていかなければならないかもしれない。
私が渾身の爆弾発言をした瞬間、城戸の表情からすぅっと温度が消えていった。
沼のような城戸の顔に、私の背筋が冷蔵庫にでも入ったかのように冷たくなっていく。
……ああ、地雷を踏んでしまった。
私は気合で笑顔を保ちつつも、震えだしそうな息をこっそり吐き出した。
間違いなく、私の台詞は失言だった。もちろん、わざと城戸を傷つけるような発言をしたわけだけれど。
城戸の能面のような顔を見た瞬間、私はやっぱり城戸には友だちがいないんだと確信していたた。城戸は私の思い通りの人物なのだ。
緊張しているのに、奇妙な幸福感が私の胸を満たしていく。
これから、城戸が私にどんな仕打ちをするのか、楽しみでしょうがない。
高校の合格発表を待っているときのように、期待と不安で心臓がバクバクと激しく脈打っていた。
頭のなかは、私自身の拍動の音でいっぱいだった。まるで、頭のなかでガンガンと巨大な鐘が鳴っているようだった。
私は内心萎縮しながらも、笑みの色を濃くする。半分くらい自嘲だった。
故意に相手の逆鱗に触れて、心の底からよろこんでしまうだなんて。
城戸の言うとおり、私はアタマがおかしいのかもしれない。城戸に負けないくらい、性格が屈折している自覚はあった。
まあ、屈折しているなりに、それなりの常識は持ち合わせているつもりだけれど。
ただ、必ずしも常識の範疇で行動しているわけではないだけで……。
心持ち、教室の中が静かになったような気がした。
気温は三十度近いはずなのに、冷気がむき出しの腕に突き刺さる。城戸だけではなく、周りの空気が凍りついているのがわかった。
みんな、私と城戸との会話に関心を持ちすぎだ。たいして大きな声で話していたわけでもないのに、私の爆弾発言を聞いているだなんて。
もしや、私たちの台詞を一字一句聞き漏らさないように、聞き耳を立てていたのだろうか。たいした野次馬根性だと思う。
私は周囲の緊張した空気なんてまったく意に介さずに、城戸を穴が空くほど見つめた。
相手が黙っているからといって、問を重ねたりはしない。ただひたすら、城戸の返答を待つ。