第2章・1−4 

 城戸は私から目をそらして、深々とため息をついた。まだ月曜日だというのに、疲労の色がうっすらと目元に浮かんでいる。
「……あんた、いったいなにしに来たんだよ? 嫌がらせ?」
 ぼやくように城戸が訊ねてきた。私の相手に本気でうんざりとしてきたのか、声からハリが失われていた。城戸も意外と根性がない。
 私は城戸の視線が再び私に戻ってくるのを待って、おどけたように首をひねった。
「城戸が教室でなにをしているのか、調べるため……かな?」
 語尾を疑問形にしてはみたけれど、建前ではなく本音だ。とっさにうまいウソが思いつかなかったのだ。そもそも、今この場所で、ウソをつく必要性が感じられなかった。

 城戸は湿度の高いしかめっ面で、私をじっとりとにらみつけてくる。
「あんたさぁ、なんで僕について調べたいわけ? 気持ち悪いんだけれど」
 さりげなく私をけなす言葉を忘れないあたり、サドとしてポイント高い。
 私は「ふふっ」と軽快な笑みを返した。城戸の攻撃性を再確認できて、テンションが高まってきた。
「好きな人についてもっと知りたいと思うのは当然でしょ?」
「はぁ?」
 私がさらっと答えると、城戸の表情の険しさが増した。私に対する色濃い警戒感と不信感を、隠そうともしない。
「あんたって、本気でわけがわからない。絶対アタマおかしいよ、黄色い救急車を呼んだほうがいいかもね」
 城戸は強い否定の言葉を、吐き捨てるように私に叩きつけた。私を傷つけようとする悪意が、確実にこめられている台詞。
 もちろん、この程度の暴言でへこむ私ではない。むしろ、城戸が潰しがいのある人間だとわかって、ますます心が踊った。

 私は机を覆うように腰を折って、城戸に顔を寄せた。軽い上目づかいで城戸を見つめながら、一拍置くために舌先でくちびるを舐める。
「……私、城戸のいろんな面を知って、城戸のことをもっともっと好きになりたい。私の頭のなかを、城戸だけで埋め尽くしたいの」
 私は周りに聞こえないように、吐息のようなひそめ声でささやいた。少しだけかすれた声が、私の耳の奥にも甘い余韻を残して消えていく。

 城戸は呆けたように口を小さく開き、私の顔をまじまじと凝視してきた。異様なものを見るような目つきだった。
「……ずいぶんムダなことをするつもりなんだね。あんた、ヒマなの?」
 二、三回まばたきしてから、城戸は生真面目な表情でイヤミを返してきた。私の「城戸をもっと好きになりたい」発言に多少は驚いたようだが、動揺まではしてないらしい。
 城戸に大胆な告白を繰り返しすぎて、愛の言葉に耐性がついてしまったのだろうか。他人を振り回すのが大好きな私としては、ちょっと残念だ。

 私は顔の前でパタパタと手を振り、笑顔で城戸の言葉を否定する。
「私、案外ヒマじゃないんだけど? 城戸について考えるのに、結構いそがしいもの」
「ウソつき」
 城戸は間髪入れずに、私の回答を打ち消した。
「あんた、今まで僕に関心なかったよな? 図書委員の当番、一回も来なかったし」
「だって、蔵書点検の日まで、城戸の存在を知らなかったから」
 たっぷりと毒を含んだ城戸の台詞に、私は晴れやかな調子で返した。

 相変わらず苦い顔をしている城戸に向かって、私はふふっと小さく笑いかける。
「まあ、今は城戸に興味津々だけどねぇ。好きな食べ物とかタイプに性癖、誕生日、家族構成、その他プライバシーに関わること全部知りたいと思ってるの」
 私が弾んだ声で「知りたいこと」を連ねていくと、城戸は薄気味悪そうに片眉を歪めた。気持ちはわからなくはない。
「……絶対に教えない」
 鉛のように重い口調で、城戸は私に応えた。
 私がこんなにも好意を示しているのに、城戸はどんどん私を拒むようになっていく。
 いったいどうしてだろう? いや、私がうさんくさいからだと思うけれど。

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