第1章・2−5
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長い長い沈黙が、私と城戸との間に流れた。
私が告白をした瞬間から、城戸は凍りついたまま動かない。
「ねぇ、城戸」
小首をかしげながら、私は城戸に顔を寄せた。いつまでも城戸に硬直されていても困るし、反応がないと退屈だ。
「どうしたの? 顔、固まってるよ?」
私は城戸の顔の前で、手をひらひらと振ってみる。
……やっぱりリアクションはない。
私は手を振る速度をどんどん速めていった。私の手の残像が、城戸の目に無数に写り込んでいる。もはや、なんのために手を振っているのかさえわからなくなりそうだ。
「……やめろ」
さすがにうざったくなってきたのか、城戸は私の手を掴んで止めた。
私の腕を強引に下げさせながら、城戸は私をぎっと睨みつけてくる。どうやら、やっと意識が現実に戻ってきたらしい。
「よく知らない人間に屈服されろって言われたら、ふつう固まるだろ。それくらい想像できない?」
城戸は迫力のある声調で私に言い聞かせながら、私の手首を放した。
なんで城戸は説教口調なのだろうか。案外めんどう見のいい性格だったりは……しなさそうだ。城戸からは、そこはかとなく末っ子臭がする。
私は腕を組みながら、「うーん」と首を傾けた。異性に校舎裏に呼び出された時点で、健全な高校生なら告白の可能性を想定すると思うけれど。
「そうかなぁ……? 告白されたくらいじゃ、普通は固まらないんじゃない? 突然キスされたり、殴られたりしたんだったらわかるけどさぁ」
しきりに首をひねりながら、私は自分の考えを口にしてみた。
城戸に話している内に、新たな疑問が脳裏にわき上がってくる。
もしかして、私が特殊だったりするのだろうか? それとも、城戸が普通の男子とは違うのだろうか? ……どちらもありえそうだから困る。
「『告白』って……」
城戸はぼやきながら、額を押さえた。本気で頭痛をもよおしているようなしかめっ面だ。
冗談とはいえ女子から告白されたくらいで、なんで城戸は死にそうな顔をしているのだろうか。心持ち、顔色も悪い気もする。
「……あれで告白のつもりかよ」
城戸は苦渋のこもった低い声で、私の告白にダメ出しをしてきた。額から手を離し、じっとりとした目付きで私をにらみつけてくる。
「『好き』はともかく、『屈服されろ』って頭がおかしいんじゃないの? 僕とあんたの短い付き合いをざっと思い返してみても、そんなことを言われる心当たりが全然ないんだけど。意味分かんねぇ」
吐き捨てるようにまくしたててから、城戸は一度言葉を切った。
城戸は目元を軽く押さえた後に、冷え込んだ目付きで私を見下ろしてくる。すっかり、元の調子に戻ったようだ。
「どうせ、僕をからかってるだけだろ。『好き』だけじゃインパクトが弱いから、『屈服』とか非日常な単語をくっつけてみただけなんじゃないの?」
城戸は饒舌に言葉を重ねていった。完全に反撃体勢に移ったようだ。
相手の台詞は図星だった。さすが、私がサドの可能性を見出しただけあって、城戸はかなり鋭い指摘をする。
私は黙ってニヤニヤするしかできなかった。慎重に発言をしないと、墓穴を掘りそうだった。
「うーん、本心なんだけどなぁ……」
こめかみを掻きながら、私は困ったような笑みを作った。実際は、まったくもって本心ではないのだけれど。
私は胸に手を当て、城戸の瞳をまっすぐに覗き込んだ。
「だから、私の気持ち、認めてよ」
「嫌だね」
城戸は私の訴えを、にべもなく跳ねのけた。
「もう帰るよ。あんたのお遊びに付きあっている時間がもったいない」
手短に私に告げて、城戸はくるりときびすを返した。あいかわらず、去り際がすばやい人だ。