小さな背中に捧げる恋のうた
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 今日、高校に入ってから初めて、女の子といっしょに下校した。
 そして、やっぱり高校に入って初めて、女の子と二人で公園に行った。
 さらににいうと、夜の公園は生まれて初めてだった。
 変なところに厳しい僕の母親が、「夕方過ぎに子供が一人でふらふらしてると、『コトリ(たぶん“子摂り”)』っていう鬼にさらわれて、大きななべで煮込まれて食べられちゃうのよ」なんておっかない顔で言い聞かせて、夏でも十七時半以降は外出させてくれなかったのだ。今は十六歳だから、さすがになにも言われなくなったけど。
 僕としては、夜の公園に行く際は『コトリ』よりも、ゲイの男性方を逢瀬を目撃してしまいそうなことが怖い。
 この間、友達が犬の散歩中に、公園のベンチで男と男のディープな××シーンに遭遇してしまったらしい。カップルは唐突な部外者の出現に混乱し、よりにもよって友達に○○で△△なご提案をされたそうな。
 マジかよ。というか前もってカップルの存在に気づけよ、友。
 まあ、今日は桐生さんといっしょなわけだから、ナンパ(?)はまずされないだろうけど……って、いったいなんの心配をしているんだろう。むしろ、僕が桐生さんを襲ってしまわないかが心配だ。
 というのは冗談で、僕は草食動物の「きりん」さんだから、そんなことはいたしません。たぶん。
 ちなみに、今現在公園に僕たち以外の人間はいない。
 まだ新しい遊具が点在する公園で、人間という負荷の与えられていないブランコが風を受けてかすかに揺れていた。
 丘の下の港の方からは、海の湿気と冷たさを帯びたゆるやかな風と、地球の裏側からやってきた夜の闇がじわじわと広まりつつある。海岸線に点在する石油工場や、埋め立て地を縦横無尽に駆けめぐる高速道路の灯りが、無数の一等星のように煌めいていた。
 雰囲気重視のデートには最強のロケーションだと思う。しかも、僕は現在進行形で桐生さんと二人っきり。なんて素敵な空間にいるんだろう。
 僕はうれしさのあまり、あふれる幸せをたっぷりと配合したため息をついた。空気中の幸福の存在量が、ほんの少しだけ上昇したかもしれない。
 今日は本当についている。桐生さんと話せたし、桐生さんにほほ笑んでもらえたし、桐生さんの秘密を共有できたし、だれにも見つからずに学校から脱出できたし……。
「きりんさーん、どうかしましたか?」
 同じベンチのすぐとなりに腰かけている桐生さんが、ずりずりと座ったまますり寄ってきた。気がつくと、子犬のような目をしぱしぱさせながら、僕の表情をのぞきこんでいた。
 かわいいかわいいとってもかわいい桐生さんの顔がすぐそばにあって、心臓が肋骨を押し上げのど元まで跳ね上がる。思わず咳き込みそうになった。
 僕はがんばって笑顔をつくり、「なんでもないです」と軽くむせながら首を振った。うまく笑えただろうか。
 桐生さんは「そうですか?」と首をかしげている。あー、やっぱりちょっと不自然な笑顔だったんだろうな。
 それよりも、こんなにそばに桐生さんがいて、僕の動悸が聞こえてしまわないか気が気ではない。
 いいかい、桐生さん。高校生の男はみんな狼なんだ、不用意に近づいちゃいけない。
 ……なんて忠告ができるはずもなく、僕はただひたすら呼吸が乱れないよう腹筋に力を入れ続け、ついでに桐生さんから目をそらした。本当は、いつまでも、いつまでも桐生さんを見つめていたかったけど。
 お願いだから桐生さん、僕の正気のためにもう少しだけ、もう少しだけでいいので離れてください。そうじゃなくても、せめて顔ぐらいは遠ざけてください。ちゅーしちゃいますよ。
 そんな僕の気持ちが届いたのか、いや、きっと届いてはいないのだろうけど、桐生さんは頭を元の位置に戻して、僕から視線を外した。
 ほっとした反面、やっぱり少し残念だった。


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